人気ブログランキング |

【礼二郎のつぶやき】

うまくやれよ

映画の感想が来ると思っていた皆様、ごめんなさい。日曜日に観た映画はナチス、今日観た映画は障害者がテーマだったので気分は落ちるところまで落ちています。

という言い方は正しくないですね。落ちる、というよりも「そうだよねぇ…」と深く共感し過ぎて浮かれポンチになんてなれず冷たい雨の一日に相応しい心模様となりました。

こんな時には大好きな松之丞のラジオを聴いても何も言葉が耳に入ってこないし、良さげな音楽を聴いても心がなびきません。

風ひとつない鏡のように凪いだ湖面のような心にすーっと入ってきたのは糸井さんの言葉でした。

「うまくやれよ」

この短い6文字のお陰でさっきまで静まり返っていた湖に細波が立ち始め、明日への気力が生まれたのです。

分かったフリなんてしなくていい、上手にやろうなんて思わなくていい、妙な同情から中途半端なボランティア精神など抱かずに「うまくやれ」ば良いんだ。

暫く「今日のダーリン」を読んでいなかったのに、何故今日に限ってふと読みたくなったのか。

導いてくださる方がいる、と感じられる余裕があって良かった。素直に従える判断力があって良かった。

そして、世の中には無駄かもしれないのに労を厭わず灯火を灯してくれる人が沢山居ることに感謝。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・道具としてのことば。

立川志の輔さんは、もちろん立川談志さんの一門で、それも、いちばんというくらい、とても近くにいたお弟子さんだった。ということは、だれでも知っていることだけれど、師匠だった立川談志のことは、あまり多くは語らない。口を固くして黙っているという感じではないのだけれど、近くにいた「弟子の志の輔」として経験したことは、「談志の領分」だと考えているように、ぼくには見える。いわば、かつて秘書だった人が付いていた上司のことは語らないという感じに思える。なんだか、その姿勢が、ぼくにはとても美しく見えて、志の輔さんを好きな理由のひとつになっている。

とても少なく語られる「志の輔さんの談志」のなかに、ずっと印象に残っていることばがあって、それが、なにか、ことあるごとに思い出されるのだ。談志さんは、弟子や近くの人にとっての大事なときに、冗談めかす感じでなく、まっすぐに「うまくやれよ」と言うのだそうだ。志の輔さんも言われたのだろうと思うし、他にも言われた人は何人もいたことだろうが、回り回って、ぼくまで言われたような気になってしまう。

「うまくやれよ」は、すかっとかっこよくはない。なかなかに大人びた、功利的に聞こえることばだ。「じょうずに立ち回れ」ということではあるし、「情にまかせて下手なことをするな」ともとれる。血気盛んな若い人が言われたら、反発するかもしれない。しかし、「知恵をつかえ」という意味でもあるわけだし、「判断をまちがえないようにな」ということでもある。「がんばれよ」でも「負けるな」でもなく、「筋を通せ」でも「迷わず行け」でもなくて、「うまくやれよ」の複雑で寛容なひと言というのは、なんとも見事な「道具としてのことば」ではないか。そういえば、落語は「道具としてのことば」である。落語家の立川談志の、たったひとことの落語が、「うまくやれよ」だということも思えてくる。いつか、志の輔さんと話してみたいことだなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。これを読んでくれている人にも言おう、「うまくやれよ」。

# by reijiro_kaneko | 2020-01-28 22:26

連鎖反応

音楽を純粋に楽しんで没頭して聴きたいと思う神経回路は美に対する感覚を連鎖反応的に引き出すようで、今は猛烈に映画鑑賞欲が湧き起こっています。
連鎖反応_a0052916_11431146.jpg

昨日は「ジョジョ・ラビット」というコメディタッチではあるけれど強烈な世相風刺作品を鑑賞し、スカーレット・ヨハンソンの健闘も虚しくどんよりとした気分で映画館を後にしました。「金返せ!」ではないのです、なんというかそのちゃんと映画の意図するところが届いてしまって「人間の無知と誤解の為す処ヒステリックな悲劇が繰り返されるのなら人類なんて滅んだ方がマシなんじゃないか…」と酷く落胆し、数日経ってようやく「いや、それじゃイカン!なんとかせねば!」と勇気が湧くという経験をこれまでにも何度もしてきていますが、今回もまさにそのパターン。

そんなことだから、夜にはミドルテンポのふんわりとしたハッピーな曲ばかりを集めたプレイリストを作り、音楽に助けを求め本日の出勤は少しだけ心が救われながら電車に揺られています。

今日一日平身低頭で皆さんに尽くせば更に気分も改善されるとは思うのですが、プライベートではまたどんよりとしてしまうことが予想されるので、明日はリベンジとしてもう一本映画を観に行こうと考えています。

多分冒頭から泣きっぱなし予想ですのでティッシュじゃ間に合わないからバスタオル持参で出掛けようと思います。
連鎖反応_a0052916_11425608.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-27 11:42

音浴DAY

毎日、狂喜乱舞でApple music ダウンロードし放題機能をフルで活用しております。

「好きだけれど相当偏っている」
「自称音楽通を名乗っている割に網羅という言葉とは程遠い」
「意外と音楽漬けという程浸りきるまではいかない」

そんな自覚は重々ありましたが、アホですから認めたくなかったんですねぇ。ほんと一度死ねば良いのにと思います。

こうやって書いてる今、ヘッドフォンで「通のための坂本龍一」というプレイリストを聴いています。坂本龍一という日本が生んだ天才の氷山の一角しか知り得ていなかったのだなぁと実感しながら。

あ、そうそう、昨晩遅くに更新しお知らせしました昨年末の作品ですが、見ず知らずの方がこんな感想をTwitterに上げて下さっていて、他にも数名の皆さんが口頭で同じような感想を伝えて下さったことが心の支えになっています。

まるで動く絵画。美術館にいるような感覚。『美しい』と思った。チラッと見える細部の色がとても効果的。

√isions Showcase vol.4
金子礼二郎さんの【decay-de】
今回一番のお気に入り。

まさにニッチ。若者らしい元気で力強い作品がゾロリと並ぶあの公演で、僕の作品のような場違いの作品をこんな風に評価して下さるなんて、「大丈夫?」と不謹慎な心配をしてしまうほど。

良いんですよー、隙間だらけ余白だらけの退屈な作品なんて居眠りして見過ごして頂いて良いんですよー。

とは言いつつ、やはり嬉しいものは嬉しいのです。大勢が諸手を挙げて称賛してくれるよりも、少ない人数の方々に真髄がしっかりと伝わった方が僕は幸せです。

話を元に戻して、溺れるほど音楽漬けの本日、改めて痛感したことがあります。

もっともっと良い音楽を聴かねばならない。敬遠してきた音楽は勿論、好きだと思い込んで上澄みの部分しか聴いてこなかった音楽にもきちんと耳を向けなければ。

ダンス作品で伝えたい真髄も、上っ面をなぞったこじ付けでしかない真髄なんてたちまちバレてしまいます。「聴いたことがある」程度じゃダメなんです、最初から最後まで鼻歌で歌えるぐらいにまで聴き込んでおかなければ身体に染み付いた、とは言えません。

でもねぇ、今日だけでも100曲以上をダウンロードしましたが、これを全部暗記するなんて至難の技だし、まだ出逢えていない音楽が山ほどあるわけです。

無理じゃん…

あぁ、つい弱音を吐きました。若い頃は寝ないで聴き続けても全然大丈夫だったのに、最近は心地良い音を聴いていると秒殺で眠りへと落ちてしまいます。

それもまたよし。

しかし、教授はどうしてこんなに美しく儚い音楽を次々に生み出せるのだろう。もし輪廻というものが本当にあるならば来世は「坂本龍一」に生まれ変わりたいと本気で望んでいます。
音浴DAY_a0052916_20232838.jpg

音浴DAY_a0052916_20233087.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-26 20:23

【decay-de】という作品

この度、Envision Nextage 代表の松居摩耶氏のご好意により、昨年11月30日・12月1日に上演されたstudio √isions showcase vol.4 に出品させて頂いた【decay-de】という作品をYouTubeに載せることが出来ました。

多くは語りません。是非、ご覧ください。

なお、ご存知でない方のためにお伝えします。画面のこの部分をタップするとこの作品の説明欄が開きます。作品に込められた意味はこちらでチェックしてみてくださいね。
【decay-de】という作品_a0052916_04022329.jpg



# by reijiro_kaneko | 2020-01-26 03:49

ダンボの耳

珍しく数日前から膝に嫌な痛みを感じて原因を探っていましたが、昨日何気なくストレッチポールで前腿をゴリゴリしてみたら尋常ではない痛さに悶絶しながら、僕がいつも皆さんにお伝えしている常套句「筋肉がコリコリしてるのは立派な怪我ですからコリコリが無くなるまで解してくださいね!」を自分に向けて吠え続け泣きながら完璧にコリコリを消滅させました。

不思議なもので、膝の痛みが消えた事は言うに及ばず、解す前まで身体がすぐに冷えてしまい指先が氷のように冷たくなっていたのに、身体中ホカホカして夜もグッスリ眠れました。

同じようなことはよくあります。

足の指が強張ってきた時には大抵眼球も硬くなっているので眼球をグゥーっと指圧してあげると足の指もふんわりしてきますし、肩甲骨周りが突っ張ってきた時に脹ら脛を揉むと改善します。

「痛い箇所が原因とは限らず遠位に位置する原因を見つけられるように常に身体が発している声を聞ける心身のバランスを保ちなさい」

これはいつの頃からか受け売りではなく重い実感を伴って納得出来ていることの一つです。

とは言っても百発百中でトラブルを回避出来る筈もなく、誤ったサインを聞いてしまって肝心の患部は治癒せぬままドミノ倒しで他のパーツもガタガタと崩れてしまうこともよくあります。

それは教えの際にも同じ事が言えまして、皆さんの戸惑いの原因をアーチェリーの名手のように射当てることも出来れば、常にさざなみのように立ち込めている皆さんの思惑に惑わされて見当違いのアドバイスをしてしまうことも多々あります。

こればっかりは人間対人間ですから100%全員を納得させてスタジオからお帰しすることは不可能なのですが、元来負けず嫌いの性分なので限りなく100%の満足度の実現に向けて心身を擦り減らして何年も仕事をしてきました。

でもねぇ、そんなことしてたらまた頻繁にぎっくり腰をやっちまいかねません。

そんなのは嫌だ!

で、どうしたかと申しますと、博愛主義を辞めました。悪い言葉で言うと「そんなの知ったこっちゃねえ!」「今じゃねえし!」「ちょっと黙ってろや!」です。

酷いですね、これじゃ喧嘩にしかなりません。

解説しましょうね。

例えば膝が痛くて原因は前腿にあるのにお尻がしゃしゃり出てきて「ねぇ、僕たちを解してプヨプヨのお尻にしてくれたらきっと膝が痛いのも治るよ〜」と間違った訴えをしてきても「テメー黙ってろ!膝が治ったら解してやるから今はすっこんでろ!」と叱りつけたり。

例えば皆さんに提示した振付に対して「えー?こんな曲でそんな振付なのぉ〜?あたしだったらそうはしないし、こんな素敵な曲でこんなカッコいい振付創れるけどねぇー」みたいな好みを押し付けてくる教師なのか生徒なのか中途半端なスタンスの方がたまにいらっしゃるんですけど、口に出さずとも匂わせてくるその主張に対して「ちっと待っとけや!どうせ選り好みして今までおんなじようなものしかやってきてないんだろうからそう言うのも無理ねえけど、こちとらバリエーション豊かなスタイルのダンスを提供するのが売りなんじゃ!黙って踊っとけ!」とこちらの初心を貫き、数ヶ月後にその方がときめいちゃう作品をご披露差し上げて「こういうの大好きなんです!こんなの作ってくれて有り難う御座いますぅーん!」と感謝されるも大謙遜で「痛み入ります」と有難いお言葉を頂戴したり。

でもね、ほんとだったら何ヶ月も待たせて焦らして大興奮祭りをセッティングしたいところなんですけど、今回みたいに幾らこちらが懇切丁寧に世界観を説いても打てど響かずが続くと流石に心折れますので、そんな時は潔く変更してしまいます。

お尻もね、あんまりほったらかすとせっかく緩んだ前腿を「前腿兄さん達!そのブリッと張ったフォルムがオトコらしくてチョー素敵よ!だからもっと頑張っちゃって!」と唆して大惨事を招きかねないので、「はーいはいはーい、いつも頑張ってるねー、いい子だねー、そーらモミモミモミモミ〜」と即揉んであげることにしてます。

あーもーほんとめんどくさい…

色んな声なんか聴こえなくなっちゃえばいいのに、とよく思います。でも、そんなことが叶ってしまったら天からの授かり物の音楽センスも同時に失ってしまう可能性があるので、仕方なく全方向対応のこの耳は大事にすることにします。

ただし、ダンボの耳はたまにピタッと閉じて目は虚空を見つめている時があるので、そんな時は「あぁ、今はこの人に何を言っても無理なんだわね、じゃあ耳が開くまで少し待ちましょう」と思ってくださいね。
ダンボの耳_a0052916_16350930.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-24 16:34

両極端

僕の生き方のポリシーのひとつに、「両極端」というものがあります。

身体に気を遣って栄養価が高く優れた食材を摂りつつも、喉に違和感を感じた瞬間にコーラを一気飲みする芸当を割とよくやります。

腰とお尻を温めておけば身体はふんわりと調子が良くなるのに、「もしかしてこれ、放っておいたらどうなるのかな?」と面白半分で路上でコンクリートの上に座ってボウっと二・三服してるうちに冷えが全身に廻り腰がバキバキに固まる研究をやっちまったりしてます。

服装に関しても、真っ黒とかグレーが無難だしそこそこサマになるので選びがちではあるのですが、黒と灰の代わりばんこのコーディネートを続けていると段々心が荒んでくるのでたまに無性に真っ赤とか真っ黄色とか着たくなります。

とは言え、命の危険を賭けてまで何か物凄いことにチャレンジするなんて勇気はからっきし持ち合わせておりませんので、口で言ってるほど荒唐無稽なことはせずに極めて中庸でバランスを取って生きている保守派であります。

まあね、そうしておかないとこんな仕事続けられませんからね。

はい、そんなマクラ噺と関係なく今日は素敵な音楽をご紹介します。


どうですか?3人のハーモニーが素晴らしいのは言うに及ばず、空気感やピアニストの寄り添い方や歌に対する信仰心みたいなものが心地良すぎて、普段こういうものを観たり聴いたりすると例外なく号泣するのですが、今回は全く泣けませんでした。その代わり心の底に温かい液体がとぽんと満ちています。

こんなに素敵な映像をご紹介した後に大好きで大嫌いな松之丞さんのラジオを載せる両極端具合。

どうですか?生活に張りが出ませんか?

# by reijiro_kaneko | 2020-01-22 12:24

勿体ないことをしました

勿体ないことをしたなぁ、、、と悔やむこと、皆さんも経験がお有りかと思います。

パン屋さんで貰えるシールを大量に集めていたのに誤って捨ててしまったり期限切れで使えなかったり。

「あ!これ!観たい!」とピンと来た映画や舞台やスポーツ試合が昨日で終わっていたり。

気に入って色違いデザイン違いで何枚も買い揃えたTシャツが翌年にはサイズアウトして着られなくなったり。

僕もつい昨日のことですが、「うひゃー!勿体ない!」体験をしてしまいました。

一年ほど前、PC上でApple Music Storeをチロチロあちこち徘徊している時に有料メンバーシップをポチッとして、無料体験3ヶ月を過ぎてもすっかり忘れていて毎月¥980ずつ課金されていたことに全く気付いておらず、昨日Gmailを整理していて初めてその事実を知った次第です。

既に所持しているCDはPCで読み込んで端末に同期させれば済みますが、最近はCD化せずインターネット上でのみ配信するアーティストが多く、クレジットカードを頑なに拒み続けている身としては非常に困る経験を幾度と無くして参りました。

スマホの代金と併せて口座引き落としで使えるApple Musicなら毎月千円未満で好きなだけお気に入りの曲をスマホにダウンロード出来るなんて、こんな天国みたいなご好意を今まで無駄にしていたかと思うと、悔しくて悔しくて。

まぁ、でも、このシステムは雲の上に漂っている糸の切れた凧のような6000万曲に一本一本新たな糸を括り付けて凧揚げしてるような状態なので、厳密には自分のモノではないので、どうしてもこの曲は手元に置いておかないと気が済まない、という場合はApple Music Storeに別料金を支払って購入するか、CDを買うかしないとダメなんですけどね。

そんなワケで、ますます音楽生活が充実し本人はとても喜んでおります。これで御用達のタワレコ入り浸りもしなくて済むので下手をすると軽く引き籠りになってしまうかもしれませんが、浮いた時間をじっくりと音楽と向き合えるようになるので逆に良かったかもしれません。

あ、そうだ、勿論神田松之丞さんの講談をダウンロードしました。もし街角で颯爽と歩いている僕を見掛けても、決してノリノリのカッコいい曲を聴きながら素敵な振付を考えているとは思い込まないで下さいね。割と神田松之丞率高めです。振付なんてほんとどうでもいいです。趣味の方が大事です。
勿体ないことをしました_a0052916_11393866.jpg

なんて言ってますけど、ちゃんと振付も考えてオフの日にスタジオ借りて参考動画撮ってYouTubeに上げてます。偉いでしょ?

偉いでしょ?って言わなきゃいいのにね笑

でもね、タダ働きみたいになっちゃうのはほんとに勿体ないと思っちゃう性分なので、割とちゃんとした振付を提供するだけでなく参考動画までご用意させて頂いてる自分は大したもんでしょ?アピールをしとくのは別に嫌味でも何でもないと思うので胸張って「偉いでしょ?」と言っちゃいます。


# by reijiro_kaneko | 2020-01-20 11:39

Rick Astleyとの再会

「When I Fall In Love」という多くのアーティストがカバーしているスタンダード曲があります。

オリジナルは1952年のドリス・デイによるものだそうですが、一般にはナットキングコール版が広く知られているのではないでしょうか。記憶を遡ると僕が最初に聴いたのもナットキングコールの歌だったように思います。

少し話は逸れまして、今朝何気なくYouTubeを開いたらあのリック・アストリーが「Never gonna give you up」をセルフカバーし、ピアノ伴奏だけというシンプル且つしっとりとしたバラード調で歌い上げている動画がトップに表示され、あまりの懐かしさに思わず再生。そこにはあの頃からだいぶ落ち着いたダンディなリックが相変わらず素敵に存在していました。
Rick Astleyとの再会_a0052916_19265811.jpg

Rick Astleyとの再会_a0052916_19265959.jpg

ユーロビート全盛の当時、どうしてこんなに歌が巧くて声が深いアーティストがあんな軽薄な歌を歌わされているのか不思議でなりませんでしたが、プッツリと行方が分からなくなり数十年経った今、ようやく彼の良さがフルに活かされた「Never gonna give you up」を視聴出来て全てが腑に落ちました。

彼に限らずショービジネス界では本望ではない事をお金のために我慢してやらされている人たちが少なからずいることと思います。リックが3年前に突如復帰した記念すべきアルバム「50」のPVをあれこれ観ていると、本当に楽しそうに歌っている彼がそこには居ます。

ヒット曲のオリジナルとアコースティック・セルフカバー集となる「The Best of Me」にはなんと僕の大好きな「When I Fall In Love」も収録されていて、これがたまらない…

ナットとは少し系統が違う声にノイズが入る渋い歌い方はMark Murphyにも通ずる甘さの中にもキリリと苦味が乗る僕の大好物。

セクシーな男性像とはかくあるべきなのではないだろうか。いいんです、僕だけそう思ってればいいんです。誰かとシェアしたいなんて露ほどにも思いません。

でも、これを知らずしてのうのうと生きている同世代の中年諸君に腹が立ちますので動画をシェアさせて頂くことにします笑。



# by reijiro_kaneko | 2020-01-19 19:20

【studio CAST レギュラークラスのご案内】

【studio CAST レギュラークラスのご案内】

改めてご案内申し上げます。細々とした説明を載せてもなかなか理解して頂くのは難しいので、参考動画を観て頂いて興味が湧いた方は下記のメールアドレスにて何なりとご質問ください。

なお、2月は2/22(土)がレッスン休講日となります。ご了承ください。


◆スケジュール◆
水曜日
13:00~14:00  コンディショニング※要予約
14:00~15:00  ムービングストレッチ
15:00~16:00  バーレッスン
16:00~17:30  コンテンポラリー

19:00~20:00  コンディショニング&ムービングストレッチ
20:00~21:00  バーレッスン
21:00~22:30  コンテンポラリー

土曜日
12:00~13:00  コンディショニング※要予約
13:00~14:00  ムービングストレッチ
14:00~15:00  バーレッスン
15:00~16:30  コンテンポラリー

以上、担当:金子礼二郎

◆料金◆
入会金 ¥5,000(26歳以下無料)

●単発受講
コンディショニング¥2,000(入会金不要・会員非会員共通料金)

ムービングストレッチ¥1,500
バーレッスン¥1,500
コンテンポラリー¥2,000
コンディショニング&ムービングストレッチ(水曜夜のみ)¥1,500

●連続受講
①ムービングストレッチ(コンディショニング&ムービングストレッチ)・バーレッスン続けて受講¥2,000
②バーレッスン・コンテンポラリー続けて受講¥3,000
③ムービングストレッチ(コンディショニング&ムービングストレッチ)・バーレッスン・コンテンポラリー続けて受講¥3,500

◎体験レッスン承ります!※お一人様一回限り

①ムービングストレッチ(コンディショニング&ムービングストレッチ)のみ1クラス受講 ¥1,000
②バーレッスンのみ1クラス受講 ¥1,000
③コンテンポラリーのみ1クラス受講 ¥1,500
④ムービングストレッチ(コンディショニング&ムービングストレッチ)・バーレッスン2クラス続けて受講 ¥1,500
⑤バーレッスン・コンテンポラリー2クラス続けて受講 ¥1,500
⑥ムービングストレッチ(コンディショニング&ムービングストレッチ)・バーレッスン・コンテンポラリー3クラス続けて受講 ¥2,000

◆お問い合わせ・コンディショニングご予約

castcontemporary@yahoo.co.jp

●スタジオわいわいへのアクセス

中野駅南口を出たら左へ。線路沿いの道を新宿方面にしばらく歩きます。
7分ほど歩くと右手に中野ZEROホール、左手にShimachuがある五差路に行き当たります。それまでの道のりで初めての信号です。
信号を渡り、右手にアパート左手に保育園がある急な坂の道を蛇行しながら3分ほど進むと、また信号があり向かいに八百屋さん、左方向にはメルセデスベンツの大きな看板が見えます。
信号を渡りベンツの方向に左折して、ショールームの手前の少し引っ込んだビルの一階がスタジオわいわいです。

住所
中野区中央3-13-10ジョイ林ビル一階
【studio CAST レギュラークラスのご案内】_a0052916_17072287.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-19 16:59

常識と毒舌と松之丞

常識と毒舌と松之丞_a0052916_21435258.jpg

神田松之丞さんに惚れ込んでまだ二週間ぐらいしか経っていないことに心底驚きました。日時の感覚が無くなるぐらい彼の講談やラジオ番組を聴き漁っていたみたいです。

正直なところ、彼のどこがそんなに魅力的なのかよく分かりません。

姿勢の専門家の端くれとして意見させて貰うと、彼の姿勢もメタボ具合も全く褒められたものではありません。猫背で側弯で頭部に至っては二人羽織レベルで斜め前に落ちています。着物をお召しになっていらっしゃるのでご本人曰くの「デブ」の度合いがどの程度なのかは推察しかねますが、少し前まで96㎏あったそうなのでお世辞でも華奢とは言えない体格をなさっています。

テレビの対談やラジオ番組を聴いていても、5秒に一回悪口を吐いていますし、漏れ出てくる考え方たるや「こんな世界など滅んでしまえばいいのに」としか聞こえないボロクソ加減。

彼に対する奥様の第一印象が「暗!ダサ!デブ!」だったそうで、それもネタだよね、と思いつつもあながち嘘でも無さそう。

肝心の講談も昔気質の講談ファンからすればあんな抑揚緩急付け過ぎのチャラい講談など講談とは呼べぬ!と憤怒されそうなスタイル。

自分が他人からどう思われているのか不安でならず、常にエゴサーチを欠かさない小心者。

あぁ、何故そんなどこも長所が見当たらない人を好きになってしまうのでしょう…

と思う人は大勢いらっしゃると思います。飛ぶ鳥を落とす勢いの松之丞ブームの裏には簡潔明瞭なファン心理よりも僕のように「何で好きなのか分からないけどどうしようもなく強烈に好き」という朦朧としたファン心理が存在する気がしてならないのです。

朦朧としながらも、少しずつわかってきた魅力について少し分析を。

ネット社会が成熟し、誰でも自称一丁前の批評家になれる時代です。批評とは正確には悪口では無い筈なのに、巷には「お前、そんな事言えるならその道の権威なんだろうな?」と問いたくなるような上から目線のこき下ろしが溢れています。神田松之丞さんはこの流れに巧く便乗し、あることないことなんでもかんでも悪口を言ってるヒール役を買って出たのです。

しかし、根も葉もない誹謗中傷ばかり繰り返していたらどんなに講談師として一流でもとっくの昔に消えていたでしょう。

ではどうしてあんなに悪口三昧な人間が人気があるのでしょうか?

答えは一つ。「常識人」ということ。

え?常識人ならそんな悪口なんて絶対言わないんじゃないの?とお思いの方も沢山いらっしゃるでしょう。確かに良家の子女として育ち社会的地位も上り詰め人徳者として讃えられている素晴らしい方こそ常識人と呼ぶのに相応しいという固定概念が不特定多数の総意だと思いますが、そういうクソつまらない常識人の枠に収まらないタイプの常識人も存在するのです。

厳しい芸の道で常識を叩き込まれ、そんじょそこらの社会人なんかより格段に常識を弁えているからこそ、非常識に対して厳しいスタンスに立てる。しかも、芸事に携わっているから平々凡々と波風立てず静かに一生を終えていくことには全く興味がない。それ故に、平々凡々な奴らが分かったような口をきいて非常識な仕打ちをすることに対して呆れ返ったり烈火の如く怒ったりするのです。

でも、彼の巧さはそこではない。それもこれも全て演出。憎まれ役を買って出て暴言を吐き続けてこの生温い社会や文化に喝を入れているのです。

2月に真打に昇進されますが、どうか肩書や周りの圧力に負けずそのまま突き進んで欲しいと切に願います。

と、毒舌応援しつつも平和な松之丞氏も好きなのでこちらのCMを載せておきます。




# by reijiro_kaneko | 2020-01-17 21:42

生きる糧

アルゴリズムと言うべきなのかAIと呼ぶべきなのか分かりませんが、Amazonの過去の買い物や閲覧履歴に基づいてオススメ商品を提示してくれたり、YouTubeの視聴履歴から似たような動画をお勧めしてくれたりといった有り難いお節介のお陰でどんどん素敵なものと出会えるのはとても嬉しい事です。

昨晩もYouTubeさんは凄い動画をお勧めしてくれました。

サムネイル(映像全体の中から象徴的な静止画を切り取って雑誌の表紙のように掲示するもの)に現れた眉間にシワのへの字眉の男性が気になって何気なく観始めたこの動画にやられました。

このへの字眉のメインキャストの男性が全編通してほぼ表情が変わらない中で、別の男性と目が合った時に微かな微笑を口元に浮かべたり、チークダンスの時に戸惑いながらも少しだけ眉間が弛んだりするその絶妙な変化と、おずおずと集っていく中盤部からのエンディングではアッサリと全員がバラバラに去っていく構成に唸りました。

問題を抱えている者同士が集まり、自分の問題を他人とシェアし、僅かではあっても背中を押してくれる共通点に安堵してまた一人で歩けるようになる。

「問題は内に秘めてなるべく他人に迷惑をかけないように生きることが美徳。大問題が発生したらお上の箝口令に本望でなくとも従うのも美徳。」という常識が未だにまかり通っているこの島国ではなかなかグループカウンセリングなんて手法は定着しにくいものです。

ですから、何も外国の真似をすべきだなんて思いません。この国はこの国のやり方を貫けば良いと思います。

一人一人が健やかに生きることが出来さえすれば。

他人を物言わぬ物体だったり虫ケラ扱いしない心の余裕が保てるのであれば。




# by reijiro_kaneko | 2020-01-17 11:31

YouTube登録者数が200人を超えました!

この数日間、僕のYouTubeチャンネルの登録者数が激増しています。

と言っても急にKajisacみたいに100万人突破みたいなことではなく、数日前まで100人ぐらいだったのに今朝には200人を超えていたという可愛いものです。

キッカケはどうやら海外でKirinjiさんの「時間がない」動画がブレイクしていて、その関連動画で僕のYouTubeチャンネルが表示されるようなのです。加えて、アイルランドの方が「時間がない」の僕のポーズを幾つもデッサンで描いて下さった事が登録者数や再生数の伸びを後押ししてくれている可能性も。

昼間はほとんど動きが無いのに、朝チェックするとズンと数が伸びている、これは明らかに地球の裏側で事が起こっている証拠。同じ種族の日本の皆さんに評価して頂けることも勿論嬉しいのですが、遠い異国の地で僕の拙いダンスを面白がって観て下さる方々が存在することに感動するというよりも、なんだかホッとしています。

でもね、調子に乗ってYouTuberになろうなどとは露ほどにも思いません。だって、毎日毎日更新して番組の終わりには必ず「チャンネル登録宜しくね!」なんて可愛子ぶって言うのとかほんと無理だし、動画製作が義務感になった瞬間に創り出す意味合いが変わってしまいますからね。

あくまでも趣味で自分のペースでのんびりやらせてもらいます。

あ、そうそう、昨年11月頭にギックリ腰を患ってから2ヶ月ぶりにパーソナルトレーニングを本日受けてきました。定期的に受けていた時も毎回目から鱗の体験を沢山させて貰えたけれども、久しぶりのトレーニングはとにかく「有り難い」の一言に尽きました。

歪んでいる事実を知らされることも「有り難い」し、学んできたことをすっかり忘れている事実を伝えられることも「有り難い」し、なんだかんだダメダメな中でも培った技術を身体が覚えていて指摘されると発動する己の身体にも「有り難い」と思えるのです。

以前出来ていた事の20%ぐらいしか出来なかったけれど、やればやるほど情けなくなってしまったけれど、終わってみれば身体がスッキリ整って癖ゆえの痛みが嘘のように消えていて、やはり彼を選んで良かったと自分の選択眼にも「有り難い」と感謝。

明日は久々の激痛でしょうけれど、「怪我すると前より良くなること多いですからね。」とアッサリと言い放った彼の言葉を反芻しながらまた丁寧にレッスンに取り組もうと思います。
YouTube登録者数が200人を超えました!_a0052916_19211228.jpg

YouTube登録者数が200人を超えました!_a0052916_19211396.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-16 19:17

2020年2月のジャズダンスは

早々とティップネス・ジャズダンス・クラスの2月課題曲をYouTubeに上げてしまいました。

説明欄にも書きましたが、今回はたくさん基礎を盛り込みましたので、初心者の皆様から慣れた方々までこれまでにも増して丁寧にご指導させて頂きます。

このようなBig Band Jazzで踊る場合にはスウィンギーなリズムにどう乗るかということも勿論大切ですし、キメの音にポーズを合わせるセンスや筋力、そして大振りでのダイナミックさと美しい軌跡も重要な要素となります。

流行りのガチャガチャした決して美しいとは言えないジャズダンスではなく、王道のジャズスタイルを是非沢山の皆さんとシェア出来たら嬉しいです。
2020年2月のジャズダンスは_a0052916_18464685.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-14 18:34

老後の楽しみ

音楽に触発されるのは言わずもがな、美術や史実による啓発は心が豊かになり世の中が少しだけ明るく見えたりするものです。

本日届いたこちらの本の前書きに「筋トレと教養は結局自己満足でしかないが、これならイケる!と自分自身に自信を付けるためには最適の趣味である」的な内容が書いてあり、すっきりと納得しました。
老後の楽しみ_a0052916_21393871.jpg

僕がダンス以外の事にあれこれ手を出しているのは、引退したのでもうダンスで何も極める事もないから余生の愉しみ探しを闇雲にしている訳ではなく、何事も上澄みだけを味見して全てを理解したかのような浅はかな人生を送ってきてこの歳になって激しい後悔に苛まれているから、なのです。

年明け早々、神田松之丞さんの講談を拝聴し衝撃を受け、柳家喬太郎さんの落語をこの目で拝見しやはり強い衝撃を受け、それが何故か歴史に対する興味をこじ開けネットで流れてきたキリスト教の確執についてのコラムの著者の歴史解説本を取り寄せ、オマケで何気なく購入したTシャツにプリントされていたクリムトの絵についての講釈をパートナーから長々と受けるに至って、曝け出された自分の無知があまりにも情けなくなり頼まれてもいないのにガムシャラにクリムトを調べ出した休日、と相成りました。
老後の楽しみ_a0052916_21381598.jpg

ほんとに何をやってるんでしょうか…

でもね、クリムトの「ユディト」という絵を改めてしげしげと見ていて、真実に気付いた時は全身の毛が逆立つほどに興奮しました。ただのエロい退廃的な絵、としか思っていなかったのに描かれた女性の恍惚とした表情と左手にぶら下げている生首の意味を理解した途端、水が関を切って流れ出すように知識欲が開放されてしまったのです。もうそうなってしまうと横で口から泡を飛ばしながらパートナーがサロメやらサムソンとデリラやらの講釈を続けようが馬耳東風。ひたすらユディトについて調べ上げ、画像を収集し、iPadの大きな画面でうっとりと眺めてご満悦。
老後の楽しみ_a0052916_21384749.jpg

老後の楽しみ_a0052916_21385069.jpg

ほんとに何をやっているんでしょうか…

若い頃には見向きもしなかった音楽や芸術や歴史物語にこうやって今、楽しませて貰えて僕は幸せです。
老後の楽しみ_a0052916_21390305.jpg


# by reijiro_kaneko | 2020-01-12 21:37

自分の変化を気付かせてくれる音楽

またかよー…とお思いの皆様、我慢してください。只今心身共に健全なので大好きな音楽を心底大好きだと感じられまして、その結果音楽から啓示を頂くことがあまりにも多くて書かずにはいられないのです。

例えばBill Evans。長年の薬物依存にも関わらず演奏そのものは繊細且つエレガント。個人的にはYves Saint Laurent氏がクロスオーバーしてなりません。耳を楽しませるか、目を楽しませるかの違いこそあれど、彼ら二人が我々にもたらしてくれた美を愛でる感性への誘いは脈々と後世に受け継がれ、ビルエバンス・ジュニアやサンローラン・ジュニアを公言するアーティストに出逢うとたまらなく嬉しくなります。

Bill Evansといえば「Waltz for debby」な節がありますが、僕は元妻と実兄を事もあろうに自殺で失った後にリリースされた「You must believe in spring」の美しくも計り知れない深淵な闇を漂わせる味わいが好みです。

なんて称賛しておりますが、実はつい最近までBill Evansを始め、ジャズの巨匠と呼ばれるアーティスト達の音楽は退屈だったり煩わしかったり、ましてや名曲と呼ばれる曲で振付するなんてイメージが湧かなくて絶対無理、などと烏滸がましいことを考えていたのです。全く我ながら反吐が出そうです。

昨年末の怪我が完治したのに合わせるかのように、まるでお腹の中にあった「ジャズ巨匠アレルギースイッチ」をカチッと捻られてオフにされたみたいに心地良く聴けるようになってしまったのです。

そんな訳でOscar Petersonも実に愉快に聴けるようになりました。心無い批評家の元では「洒脱だが何を弾いても一緒。永遠の金太郎飴。」などと批評されていますが、こんなにもいとも簡単に軽々と速いパッセージを弾き、バラードではメインの旋律を弾いているのに恰も伴奏パートを弾いているかのような奥ゆかしさ。

そんな彼が、同じく何でもサラリとこなしてしまう「面白味のない超絶テクニシャン」のStan Getzと共演したアルバムは、僕にとっては無条件にハッピーな気分になれるマストアイテムです。Stan Getzもまた麻薬とアルコール中毒で苦しんだ天才ミュージシャンの一人でした。薬物依存や不摂生を批判し、人種差別の少ないカナダ出身の黒人アーティストであるが故に共演者にも寛容であり、生涯クリーンな生活を送ったOscarと、貧しいユダヤ系の家庭に生まれ不屈のチャレンジ精神でシーンのトップに躍り出るも筋金入りのジャンキーとなってしまい悪い噂の方が多い鼻つまみ者のStan。この両極端な二人のセッションはそんなエピソードなど微塵も感じさせず、快活でお洒落で多幸感に満ちています。

本当に不思議でなりません。

そろそろ本題へ。僕がどんな啓示を受けたかについてもう少しだけ書かせてください。

すこし前でも触れましたが、好みだったり耳の成長度合いだったり環境だったりに依って耳を傾けられるものとそうでないものは必ず存在します。

逆に言うと万人に好まれる普遍的な魅力を備えた音楽というものも有り、そんな音楽を創れる人は天才の中の天才。その偉業はもっともっと讃えられて然るべき、だと思うのです。どんなにミリオンセールスを量産する売れっ子アーティストだって熱狂的なファンもいれば同じ数だけアンチもいるのが普通。

人間はその短い人生の中で絶えず変化していく動物であり、変化に合わせて好みもセンスも変わって当然。昨日まで好きだったアーティストが今日にはそうでもなくなっている、その逆もまた然り、なんてことはザラにある。まして、音楽という娯楽は厳しい文化統制を敷かれた地域でもない限り自由意志で選り好みが出来るわけですから、いつどこでどんな音楽を聴こうが良いはずなのです。

好きなアーティストを自由に選べる権利とニーズに応えるべく星の数ほどのアーティストが存在し次々と作品を世に送り出している。そしてワガママなリスナーはこれは好きアレは嫌いといとも簡単に言えてしまう。

なんて素敵な世の中なんでしょう。

だからこそ僕は以前あまり好みでは無かった楽曲にトキめけるようになる変化をコトの他喜んでしまうのです。だって、血の滲むような思いをして創られたアーティストの人生が垣間見える作品に心が寄り添えるようになるんですよ。今日も地球上の何処かでは無駄な血が流れています。その諍いの当事者達の心情を想うと何とも言えない敗北感を感じつつ己の幸運な境遇に感謝せずにはいられません。

若干こじつけになってしまいましたが、僕が音楽から気付かされることで何時も凄いなぁと思うことはそんな感じなのです。

音楽はその名の通り「音を楽しむ」娯楽に過ぎませんが、言葉が通じない同士でも音楽を通じてコミュニケーション出来るツールにもなり得るし、言葉にするのは難しい感情や主義主張を音楽を介して相手に伝えることも出来る。

そして、今の僕のように、昔は受け付けなかった音楽を愛でられるようになって自分の変化に気付けたりもするのです。

とても煩雑な内容になってしまいましたが、それもこれも今日ずっと聴いていたCelso Fonsecaのソロライブアルバムのせいです笑。このアルバムを聴いていると脳の箍が外れてあちらこちらに思考が乱れ飛ぶのです。ええ、それも実に快適に。


# by reijiro_kaneko | 2020-01-10 21:37

柳家喬太郎という人

暇さえあればYouTubeで松之丞さんの動画を漁り続けていたら、今時のAIというヤツは恐ろしいもので「よくぞこんなものを勧めてくるなぁ」と感心せずにはいられない関連動画を幾つも提示してくるので、松之丞さん以外の素敵な噺家さんを知ることになりました。

そのうちのお一人が「柳家喬太郎」師匠。YouTubeに動画が上がっている三本のお噺しか拝見していないが、その飄々とした語りスタイルと「死神」で見せる身の毛もよだつような迫真の演技のギャップにすっかり虜になってしまいました。
柳家喬太郎という人_a0052916_21304249.jpg

またまた音楽に喩えるのも馬鹿の一つ覚えでお恥ずかしいですが、それしか自信を持って書けることが無いのでご勘弁頂きたい。「アルゼンチン音響派」と呼ばれるアーティストの一派がおりまして、彼らの織りなす音楽はお隣ブラジルの音楽がサウダージという言葉でまとめあげられるとすれば(とりあえずサンバは置いといてボサノヴァというジャンルに関してのみ対象としています)、そこから更に水分を50%ぐらい抜いてハイターで色素も抜いて風通しのよい日陰に3ヶ月ほど干しっぱなしのシャツに色鮮やかなペンキを思いっきり投げつける前衛アートのような音楽なのです。

言ってる僕もよく分かっていない例えで申し訳ありませんが、とにかく哀愁とか既視感とか郷愁とかそういう言葉が薄っぺらく感じてしまうワビサビ的な何かと時折現れる極彩色の着色感がアルゼンチン音響派には共通している因子だと個人的に思っています。

喬太郎師匠の落語にもその「ワビサビ感」が充満していて、且つかなり強烈にラテンの血も感じることが出来るのです。落ち着いた語り口なのに、時折挟まれるすっ頓狂な声音や替え歌で決して退屈させず、どんなに下世話な事を言っても下品にならない。

正統派にして革命家。

YouTubeのAIに「セイトウハニシテカクメイカ」という検索基準が組み込まれているのかどうかは定かではありませんが、神田松之丞と柳家喬太郎というだいぶスタイルこそ違いはあれど根本的な在り方が酷似している二人を結び付けて紹介してくれた事に感謝しつつゾッとしております。

神田松之丞さんの講演は本当にチケットが取れないので、真打お披露目講演が一段落した頃に実際に伺わせて頂くことにして、まずは喬太郎師匠の高座を拝見することにしました。

初めて訪れる浅草演芸ホール。生憎の雨なんてなんのその、「テケツ」で「木戸銭」を払おうとしたら受付嬢ならぬ受付猫がお出迎えでテンションは更に上がってしまいました。いつもは寝てばかりの彼女、今日はモリモリとおやつを食べていてカメラを向けたらちゃんとカメラ目線も頂きました。
柳家喬太郎という人_a0052916_21271494.jpg

さて、ホールに入って座席に埋もれるように座って数名の噺家さん達の噺をそこそこ楽しく聴いておりましたが、お目当ての喬太郎さんが登場すると会場の空気がガラリと変わるのが分かり、僕も姿勢を改めて臨戦態勢に。艶やかな色の着物、綺麗な白髪、175㎝とは思えない堂々たる体格、よく通る声、全てが格上にして圧巻。

完璧に会場を掌握してしまうオーラとバッサリと斬り捨てる毒舌の裏に忍ばせた深い人情味と変幻自在に登場人物を操る妙技に圧倒され、その幾つか前の出番のとても真打ちとは思えない噺家さんのお世辞にも面白いとは言えないぬか漬けの話を喬太郎さんがもしなさったとしても、僕の印象は変わらなかったと思います。

まさに、心酔、とはこのこと。

たった数分間の出番ではありましたが、心の底から凄い!と思えるダンス作品を2時間観た後にも勝る爽やかな感動と深い満足感にクラクラしながら会場を後にしました。

帰りの銀座線の中では、早速次の師匠の出番はいつかずっとチェックしていましたので、きっと周りがサァーと離れていったのは無意識にニヤニヤしていたからだろうと思います。今さっき別れたばかりなのにもう逢いたい…すっかり恋煩いです。

逢いたいけど、また暫く逢えないからYouTubeで何度も兄さんを観ることにします。ちょっと気持ち悪いですけど、どうかお許しください。




# by reijiro_kaneko | 2020-01-07 21:23

狂気の講談師

100年に一人の逸材と言われている神田松之丞という講談師を知ったのはつい二日前のこと。「新春お笑い名人寄席」なる番組を実家で観ていて、観終えた後親子3人で思わず唸り声を上げてしまった程の凄まじい一席だったのです。
狂気の講談師_a0052916_11413260.jpg

講談を観るなんて記憶に残っていないぐらい昔のこと。落語はまだ少々馴染みもあるけど、講談てあのハリセンみたいなやつでしきりにバチバチ演台を叩いてがなるやつでしょ?程度の認識でしたし、好んで観たい聴きたいと思う演芸ではありませんでした。

しかし、彼は鮮やかに真っ直ぐに僕の心に飛び込んできてくれたのです。斜に構えた目付きの悪い冴えない男が、高座に上がり眼鏡を外して静かに語り始めると、まるで紙芝居をめくっていくように、あるいは良くできたPVのように景色がスッ…スッ…と次々に変化していくのです。松之丞さんは確かに其処に居るのに、登場人物や動物達が彼に憑依して夢か現か錯覚させたかと思えば、それらを全て綺麗に整列させてうっとりとタクトを振るマエストロ松之丞も出現する。歴史絵巻を語られているはずなのに、話の筋書きはクリアに頭に入ってくる一方で全く関係ない情景や感情が濁流のように心を掻き乱す。一体自分は今何を観ているのか、そんな戸惑いなどどうでも良いと腹が括った瞬間に慟哭に突き上げられ不意に涙がこぼれる。

そうなんです、彼の講談は音楽なんです。張り扇と扇子でタタンタタンタンタンと叩き出されるトライバルなリズムと畳み掛けるようにクライマックスに昇っていく口上が最高潮に達した時にいきなり遮られてニヒルな口元から静かな毒が漏れる、その圧巻の緩急の付け方は例えるならばジャズのインプロの名盤のよう。

僕が愛して止まない北欧勢の耽美でとりとめのない音楽とは明らかに異質であるのに、どちらかと言うと苦手な質感のものであるのに強烈に惹かれてしまうのです。少し前の僕だったら下に貼り付けたラジオのエピソードなど身内の不幸や恥をそんな風に面白可笑しくネタにする奴なんざロクなもんじゃないと怒り心頭だったろうに、不覚にも落涙しながら深く頷きつつ聴き入ってしまうのです。

人間というものは表の顔もあれば裏の顔もあって当然。綺麗なものばかりを見ていていたら自ずと汚いものも見たくなるのがごく普通の生理現象。

神田松之丞という人は、人間の裏側の汚くて恥ずかしくて情けない部分を強烈な愛情で包み込んで芸事に昇華出来る稀有な才能の持ち主だと思うのです。時折垣間見えるのならまだしも常時ダダ漏れの彼の狂気には少々心配になりますが、良くも悪くも人の心を大きく動かすには狂っているぐらいじゃないといけません。いや、狂っている、という定義そのものにも疑問を持たずにはいられません。もしかしたら、狂っているのが普通で、自称普通な者が常軌を逸しているのかもしれないとふと思ったりするのです。





# by reijiro_kaneko | 2020-01-05 11:41

音楽から学ぶ対人恐怖症の克服法

皆様、新年明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

ええと、新年早々面倒臭い内容ですのでご容赦ください。

なんかねぇ、昨年末の大怪我からガムシャラに頑張らないと決めて、これまでの半生と対峙していたら改めて色々分かってしまったんですよ。

対人恐怖症で人と関わるのがとてつもないストレスなのにも関わらず何故こんな仕事に就いているのか不思議で仕方なかったんです。

でもね、対人恐怖症と言ったって色々ある訳でして、なんでもかんでもどんな人とも関われないレベルの重度のものから、こういう人は大丈夫だけどこういう人は苦手というただの好き嫌いレベルの軽いものまであって、僕の場合は割と軽度のものだったんです。

家族親戚縁者が全員声が低く静かに話す人ばかりだったこともあって、まず声がやたら大きい人やキンキン声の人はダメでした。

また、すうっと自然に側に寄ってきてくれる人は心地良いのですが、自己主張が強く威圧感のある人もダメでした。

そして、極め付けは触り方。むんずと力任せに腕を掴むような荒くれ者は本当に無理。まぁ、そんな人は滅多にいませんけど、物理的にではなく精神的にそれをしてくる人は結構いて、それはもうお願いだから私の人生に関わらないで!と祈るぐらい苦手でした。

一旦話は逸れますが、今年の年明けはこれまでに無く音楽漬けの三ヶ日となりました。

何を思ったか棚に仕舞われたままのCDを片っ端から引っ張り出しPCのライブラリを一気に6,500曲まで増やし、新たに購入したiPhoneに転送したらアートワークも綺麗に表示されるようになった上に音質も格段に良くなり目も耳も楽しませてくれる事に「Oh!God!」と外人かぶれの賛辞を贈り肌身離さず持ち歩いております。

そこではたと気付きました。

何が何でもイヤフォンで聴きたい曲もあれば、ステレオに繋いで大音量で聴きたい曲もありますし、iPhoneそのままから出る頼りない微かな音で聴いた方が気持ち良い曲もある、ということに。

あれ?と思いました。大好きな音楽をこうやって聴き分けているのだから、人と接するのも同じようにすれば良いだけのことなんじゃないか?と。

接している人自身が器用に音量を調整してくれる場合は何の問題も無いのですが、音量つまみがぶっ壊れている人の場合はこちらがそのつまみをいじってあげれば良いんじゃないか?と。

実はこの一年ぐらいでそれは無意識に既に試していたことであり、よく分からないながらも苦手なシチュエーションを自然に回避したり変化させたりしていたようです。

お陰で対人恐怖症だという事実は殆ど意識しなくなりました。逆に「あぁ、この人苦手だなぁ…」と感じている時の方が新しい発見が沢山あったりして、何も心地良い関係だけが絶えず必要でもなくなっています。

ただ、困ったことに、大好きだった薄ら切ないムードの曲を全く受け付けなくなっています。代わりに溌剌としたポップな曲や洒脱なジャズスタンダードを聴くとスッと頭が冴えてきます。

例えばオランダ出身の歌手Wouter Hamel。10年以上全然聴いていませんでしたが、今朝聴いてみたらこれがたまらなくご機嫌。明るくて軽くて洒落ていて、ずっと流していても全く邪魔にならないのです。

何だったんでしょうね、いつもケラケラと明るく振る舞って皆の人気者だった人をアイツは絶対裏がある!と信じて敬遠していたあの頃。。。
音楽から学ぶ対人恐怖症の克服法_a0052916_14444738.jpg



# by reijiro_kaneko | 2020-01-03 14:40

さようならiPod

今年も残す所あと二日となり、あぁ今年もなんだか流されるままに日々をやり過ごして生きてしまったなぁ…と情けなく寂しい気分で帰省の途に着きます。おっと、正確には実家の隣町での仕事を終えてから、なんでけどね。

情けないと言いつつも、自分を褒めてやりたい事も沢山ありました。

自主公演こそ打ちませんでしたが外部依頼作品を5作品も創らせて頂く機会を頂戴しましたし、自己満足の域は抜け出せなかったものの映像作品11本を公開し、一年間コツコツと続けてきたトレーニングの成果が呆気なく崩れ去る仙腸関節捻挫という大怪我を経験し不幸中の幸いで以前より動きやすい身体に生まれ変わる奇跡も起こりました。

なんだ、割と結果残してるじゃん笑

でもね、現場に甘んじるの大嫌いなんですよ。こんくらいやったからまあいいか、なんて思えないんです。だから、幾ら何を成し遂げようが満足出来る筈もなく、「もっと違うアプローチの仕方があるんじゃないか?」「もっと知らない世界があるんじゃないか?」と寝ても覚めても考え続けてしまうのです。

暫くは呑気に生きていこうと思っていたのに、身体が治ってきたらホラこれだ笑

いつも皆さんに「それはれっきとした病気です」と暴言を吐いておりますが、一番病気なのは間違いなくこの僕です笑

あ、そうそう、去年の夏の引っ越しを機にデジタル機器を充実させ、長らく持ち歩いていたCDホルダーから遂にiPodなるものに乗り換えてから荷物が軽くなって良い事ばかりだったのですが、選んだiPodが「iPod Classic」という一昔前の機器であるため操作性に難アリとか音質が今ひとつ好みではないとか充電が持たないとかワイヤレスヘッドフォンが使えない、、、等の悩みを抱えておりまして、遂にiPhoneを買うことにしました。

「え?もうiPhoneにしたんじゃなかったっけ?」

ええ、もう今年の初めにiPhoneユーザーになっていました。でも、もう一台を必殺メルカリで購入するべく数ヶ月下見をしていたのです。完全に音楽プレーヤーとしての使用目的のために。

流石に最新モデルに近いものは高値で取引されていて手が出ませんでしたので、少し前の旧型モデルで状態の良いものはないかと探しておりましたところ、納得できる条件の品物を見つけたのでそれで手を打ちました。2019年最後の大きな買い物です。

まだ手元に届いていませんし、パソコンと同期もさせていないので上手くいくかどうかは分かりませんが、もし何の問題もなく全ての音楽を取り込めたら新年から仕事で使えるようになります。

ですので、今日はこれでお別れになるかもしれないiPod Classicさん二台を丁重に扱って一年半お世話になったその労をねぎらいたいと思います。
さようならiPod_a0052916_11500066.jpg


# by reijiro_kaneko | 2019-12-30 11:49

1月Jazz Dance 参考動画

予想していらっしゃった方も少なからずいらしたと思いますが、本日の久喜店から明けましておめでとう振付を先行実施してしまいました。

「どうやったらカッコ良い形に収まるのかまるで見当がつかない」
「音にハマっているパートと敢えて音にハメないパートが区別が付かない」
「急に走ったかと思えば止まったり突っ張った形から急に崩れたりする感覚が分からない」

などの皆さんの戸惑いが言わずして手にとるように伝わってきたので、参考動画を幾つかあげておこうと思います。

どうぞご覧ください。
 

# by reijiro_kaneko | 2019-12-27 21:29

1月のstudio CASTは

はい、中野スタジオの課題曲もかなりあれこれ迷いましたが決定してしまいました。コンテンポラリーだからコンテンポラリーっぽい曲を、と思って色々探してたんですけど、クラシックやポストロック寄りの音楽にするとどうしてもつまらない構成に落ち着きがちでして、そういう迷宮入りしている時はポップな曲でアンニュイなムードを携えているものを選ぶと動きにスパイスを散らすことが出来るので過去にもちょいちょいやっております。

ということで、曲はこちら。

「Chris Brown / Don't judge me」

PVは何やらアルマゲドン的な凄いことになっていますが、外見とは裏腹にクリスの持つシルキーで優しい声音とバックで鳴り響く複雑なリズムのバランスに惚れ込んで選びました。

もうすでに振付の大半は構成が済んでいます。かなり難しめです。というか、これは金子マジックと自負している事の一つなんですが、各自のレベルに合わせて超絶難解コリオにもなりますし、最小限のテクニックでおおらかに楽しく踊る事も出来ます。

ところで、歌詞がね、イイんですよ。よくある恋愛ソングのよくある歌詞なんですけど、「judge」と「beautiful」という二つの言葉が響き合い背後の古い歯車がギシギシと鳴るような音とオーバーラップしてくるとこの世の慈愛と無常が一気に押し寄せて呼吸がままならなくなります。

ま、そんな私的な想いなどどうでもいいんです。皆さんが変な中途半端な感情移入など絶対無理な体育会系熱血指導にて新年は明けさせて頂きますのでどうぞ宜しくお願いいたします。


# by reijiro_kaneko | 2019-12-27 11:17

2020年1月のJazz Danceは

はい、こちらのブログで宣伝するのは久しぶりとなりますが、新年1月のJazz Dance 課題曲を本日決定しましたのでお知らせいたします。

今年が悲劇的な内容の曲で終わりましたので、新年は気持ちをガラッと変えて暖かくて穏やかで大人のジャジーな振付にいたしました。

ジャジーと言ってもフォッシースタイルのようなニュアンスではなく、割と体をモダンテイストで大きくしなやかに使いつつ、ちょっとした音の隙間に悪戯っぽく遊びを入れて頂けたら、と考えて創っております。

曲は懐かしいこちらの名曲。
「Norah Jones / Turn me on」

皆さま、どうぞお楽しみに!

# by reijiro_kaneko | 2019-12-26 22:36

Merry Christmas

クリスマスを前にあの人ったらスッカリ穏やかになっちゃってこのまま菩薩のように年を越すのかしら…

とご心配されている皆様へ、「いや、別にそういう訳じゃないんです。絨毯爆撃したいぐらいネタは山盛りに抱えてるんですけど、昨今色々あったし体力温存してただけなんです。」ということで、2019年最後の説法をさせて頂くことにします。

僕が「頑張る」という言葉もスピリットも大嫌いだということは以前から事あるごとにお伝えしておりますのでご存知の方も多いと思いますが、誤解の無いように今一度解説させて頂きますと、「頑張る」そのものが嫌いというよりもそもそも毎日必死に「頑張って」生きているのに、そこから更に頑張れ!なんてあまりにも残酷な仕打ちなんじゃないだろうか…と考えてしまうのです。また「頑張る」ことは自分自身の為に頑張るからこそ美しいわけで、それが誰かの為に!なんて大義名分を掲げた時点で僕はレッドカードを挙げたくなります。そんなの例えそう思ってたとしても黙ってやっとけば死後100年経ってから後世の誰かがそのエピソードを掘り起こして美談として他の誰かに語り継いでくれる、そういう図式が素敵なんじゃなかろうか…とも考えてしまいます。

でも、そこは人間の浅ましいとこで、「俺はこんなに頑張ってるんだよ!だから褒めて!」と他人の評価を求めてしまうのが普通。その評価も劇的な変化を伴う上質な成果に対して為されるのなら良いが、「頑張っている」事実のみに評価基準が向いてしまいがちなのも世の常。

この最たるものがマスコミのスポーツ報道。選手が泥だらけになって練習に打ち込んでいる光景を頻繁に流し、「これだけ彼らは頑張っているんだから皆んなで応援しよう!」と社会を煽る。優秀な結果が出れば数年間は国を上げてのそのスポーツ大流行。惨敗を喫せば途端に掌を返して「あいつは本当にダメな奴だ」と魔女裁判。

あのう、あなたはそのスポーツに関して第一人者なんですか?国際試合レベルで優秀な成績を残された方なんですか?何も知らずに周りがやいのやいの言うから便乗して悪口を言ってるならまだ良いけど、ちょっとでもそのスポーツをかじったことがあるならなおさら軽率なバッシングなどされない方が良いと思いますが…

ネットの世界も似たようなものです。どこもかしこも自称専門家気取りのネガティブな書き込みだらけ。「頑張る」が美徳神話でさえ崩壊しています。じゃあ一体何をすればあなた方のお気に召すのでしょうか?と不思議になります。きっと一生彼らが納得することなんてなくて、歪曲された攻撃ワードで罵り続けながら、現実社会では誰からも攻撃されないように「良い子ちゃん」の仮面を外さないのでその両極端の軋轢によって精神の歪みは止まることを知らないのでしょう。

僕は個人的にやはり、達成した事由に関しての正当な評価というものは常に為されるべきだと思いますし、「頑張る」ことは当たり前でそれが評価されるべきでも誇るべきことでも何でもない、と思うのです。中途半端に「頑張った」事を褒められるから調子に乗る。そして「頑張っていない」ように見える他人を浅はかに誹謗中傷して自分の保身に回る。

もうそういうの辞めません?

誰かから何かを言われたから頑張るのではなく、自らの意思でしっかり頑張って生きて、評価をされてもされなくても関係なく頑張り続けて、気が付いたら自分を大切に生きているので結果として他人にも本当の意味で優しく生きられる。

素敵だと思いません?

なんて、偉そうに言ってますが、僕は大怪我を機に、それまで頼まれてもいないのに無駄に頑張って成果を吹聴して俺こんなに善き方向に変わってるんだよアピールをし続けていた事に気付き、恥ずかしさもさることながら何も言わずに少しずつ崩壊しながら頑張ってくれていた己の身体に心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになったのです。

無理を通せば道理引っ込む事例が横行するこの世の中で無意識に流れに便乗してきたことに気付けたのは今年の大きな収穫でした。しがないダンス教師ではありますが、心と身体のバランスを整える術を担う者の一人として恥ずかしくない生き方をしていなければという自戒の意も込めて書き下ろしました。

どうか机上の空論でもダライ・ラマの受け売りでもない事をご理解頂き、貴重な時間を割いてこのブログを読んで下さった皆さんの心と身体の折り合いがつく小さなキッカケになれば幸いです。

On this Christmas Season, may the Joy and Happiness spread like the lights of a Christmas Tree. Merry Christmas To you!



# by reijiro_kaneko | 2019-12-24 10:21

気紛れオススメCD

前回のblogでLeonard Cohenについて触れながらも肝心のアルバム紹介をしておりませんでしたので、全ての家事を済ませ爆睡しているパートナーのイビキをBGMにしながら書いてみようと思います。また、久しぶりにその他のオススメCDご紹介も併せて書きますのでどうぞご参考になさってみてください。

まずはLeonardさんから。
気紛れオススメCD_a0052916_15443836.jpg
数年前にお亡くなりになったのにこちらは最近発表された新譜です。録り貯めされていた音源を息子さんがプロデュースし発売に漕ぎ着けたという天国の父にしてみれば「息子よ、よくやった!」と涙するであろう本当の遺作です。

ご本人は一切登場しませんが、美しい映像と重厚な声が織りなす濃密な世界をご覧ください。

彼の音楽は「音楽」と呼ぶことが少々憚れます。確かに音ではあるし、歌でもあるのですが、なんかもうこの世のものとは思えないズシーンと来るものが気軽に聴こうという気力を削ぎます。毛布にくるまって暖炉をボウボウと焚いて鹿肉を炙りながら、なんてシチュエーションでもないと聴いちゃいけない気がするのです。

不思議なのは、こんなに重たくて不吉とさえ感じてしまうのに聴き入っていると心の中に立ち込めていた霧がいつの間にか晴れてしまうということ。

次はAuroraというノルウェーの歌姫。
気紛れオススメCD_a0052916_16065162.jpg

この「A Different Kind Of Human」というアルバムは3rdアルバムだそうで、CDショップの謳い文句は「BjorkやBillie Eilishがお好きな方は是非!」なんて書かれてたものでつい魔が刺してヘッドフォンを装着してみました。前述のColdplayと同じく、一曲目を聴いただけで購入を決意し帰宅してから全曲を通して聴いてそれが間違いでは無かったことを実感したという「買い」なアーティストでした。

率直な感想はBjorkでもBillieでもなく、どちらかと言うとロシアのOnukaに似たひねくれていない真っ直ぐな良い意味でのローカル色漂うアーティストだと思います。

PVは環境問題や政治問題に疑問を投げ掛ける彼女の在り方が色濃く反映された少々グロテスクな表現も盛り込まれ決して爽快ではありませんが、Leonard氏の声同様強烈に惹きつけて離さない魅力を備えた方です。

最後はJacob Colliar。
気紛れオススメCD_a0052916_16190393.jpg
ちょっと前にYouTubeで多重録音動画が流行りましたが、その中でも他を寄せ付けない技術とクオリティで圧倒的な映像力を誇るマルチアーティストです。

彼の凄いところは何でも演奏できるし何でも歌えるマルチな才能は勿論なんですが、その声が唯一無比なんです。曲ごとに声を使い分け、一体どれが本当の彼の声なのか全く分からない。音域もとても広く声質もフェミニンでもあるし野生的でもある。どんなアーティストと共演してもピッタリと寄り添いまるでカメレオン。

そんな彼の最新映像はかの「Moon River」。冒頭の色んな人の顔がぽっと浮かんでは消えていく映像を観て一気にファンになりました。

まだ25歳のこの天才が重鎮Take 6と共演したライオネル・リッチーの名曲「All Night Long」は原曲をも上回る楽しく元気が出る曲です。ご出演されているTake 6の皆さんの素敵に年老いた姿を観て一人涙したことは内緒です。


# by reijiro_kaneko | 2019-12-22 15:41

Coldplay

2019年もあと十日ほどで終わってしまうこのタイミングで、僕は二人の男性アーティストに心奪われています。

声の高さで言ったら両極端。でも、端正な哀愁感という点では非常に近いスタンスに居ると感じるお二人。

ColdplayのヴォーカルChris Martinと、孤高の吟遊詩人Leonard Cohen。

Leonard Cohenについては、【四大元素】で彼の楽曲を使用したぐらいなので元々好きではあったのですが、Coldplayは好きか嫌いか問われたら「普通」な存在でした。別に「Coldplayなんか聴く奴はオカマだ!」という全世界的な偏見意見があるからどうとか、イギリスにはU2だけで十分だ!なんて思っているとか、やっぱりロックは今一つ食指が動かないんだよねーとか、そういう判断基準ではなくとにかく「普通」だったんです。

でも新譜を店頭で視聴し一曲目が流れてきた瞬間にまさに電流が走ったのです。通常ならどんどんトラックを飛ばし聴きしてなんとなくアルバム全体を視聴するのですが、今回はこの1st Trackだけで十分でした。

「もしかしたら凄いのはその一曲だけで他は期待外れかもしれないぞ!」なんて全く思わず、即レジに向かいました。実はもう一枚、これはコンニチワ初めましてのアーティストのアルバムも一曲だけ視聴でアタリ!の勘が働いて既に握りしめていたんですけどね。

帰宅して速攻PCに読み込みつつ、普通順序逆だろ?YouTubeサーフィンをし始め、新譜リリースに合わせて公開されている数本のヨルダンでのライブの模様を食い入るように何度も観ていたら、ただならぬ気配を察したパートナーが「あなたがそんなに夢中になるなんて、Coldplay相当やらかしたのね?」と突っ込んできました笑

そうなんです、いつもどんなに素敵なアーティストの曲を見聞きしていても大興奮することは稀なんです。心の中のメーターは振り切っていても、表面的には寧ろつまらなそうに見えるみたいです。

ま、そんなことはどうでも良くて、このColdplayの【Everyday Life】というアルバムは最初から最後まで一曲も早送りせずじっくりと聴きたいアルバムなのです。ストレッチの時にずっと流しておいて違和感が無いアルバム、というのは幾つかありますが、こんなにも抑揚豊かでドラマティックなアルバムを疲れず飽きずフルで聴けるなんて本当に稀。一つの大きな理由はアルバム全体を包むポストロック・エレクトロニカ的なムード、でしょうか。ギター、ベース、ドラム、ピアノ、ボーカル、というシンプルなバンド編成ながら時折現れては消えるシンセや環境音、そしてエスニックなコーラスが嫌味無く色を添え、上質なポストロックアルバムに仕立てられているのです。

それにしても、どんなに好きなアーティストの曲にも必ず付き纏う「この箇所のこの音が耳障り」という現象が皆無であることは、感動を通り越して怖くなります。だったらこの上なく心地良いのか?
聞かれたらそれもNo。違和感は舗装されていない砂利道レベルでゴロゴロ在ります。なのに嫌じゃない。硬いコンクリートの道を歩き疲れた足にガタガタの砂利道や石畳が心地好い様に、身体中の関節が全て連動して歩いている快感を覚えるのです。

そして、極め付けは忘れた頃にヒョコッと現れるブルージー&フォーキーな曲。懐かしくて胸の奥がチクッと痛くなっていると、目の前を走っていたトラックの荷台が傾き大量の砂利を撒かれる。砂埃が納まると遠い山々の稜線の上にぽっかりと浮かんだ満月。そんなことの繰り返し。

お分かりですね、天邪鬼な僕がここまで心酔するアルバム、ということは安易な気持ちで聴いてはいけない、ということです。

ミーハーな感情で聴こうものなら火傷しますし、世界情勢に問題意識の高い方が必要以上に構えて聴こうものならその軟弱さにゲンナリすることでしょう。

そうなんです、これはあくまでも上質なPopでRockなアルバムなのです。色々政治的人種的なメッセージは散りばめられていますが、音楽は彷徨う心を落ち着かせ楽しむ為に有るものだという原点に立っている身の程を弁えたアルバムなのです。

世界的な認知度や評価で言ったら彼らの耳垢にも届かないちっぽけな表現者ではありますが、それでも怖いぐらい同じスタンスで居てくれるアーティストがこの世に存在することが僕の生きる勇気となっているのです。
Coldplay_a0052916_16160631.jpg
Coldplay_a0052916_16162546.jpg

Coldplay_a0052916_16162538.jpg


# by reijiro_kaneko | 2019-12-20 16:15

ジャブ

習い事、というものは時間とお金と興味を費やして或る事が少しずつ上達してゆきその成果故に人生が楽しく意義深いものになる、というのが定義だと思います。

その上達の度合いも人生に為す意味合いも人それぞれであり、頻度やモチベーションや能力に依って上達のスピードは個体差が大きく異なるし、性格やビジョンに依って楽しくもなるし困難を極めることもあります。

僕は常々、どうせやるなら楽しく効率良く、をモットーに指導させて頂いておりますが、あまり難しいことは考えず現状維持もしくは緩やかにフェードアウトを望んでいる方々にはそれで十分である一方、それじゃ物足らず対価に見合う成長曲線を求められる方々もいらっしゃるので、『そーお?欲張っちゃうのね?ほんとに良いのね?じゃあ少し無茶振りしちゃおうかな❤️』と小悪魔的に挑みつつあくまでも軽いジャブに留める課題を差し上げるようにしています。

そのジャブとは、例えば振付で言うと「過去に目にしたことはあるが実際にやってみた経験はあまり無く馴染みがない」レベルのムーブメントを提供したり、「一本調子な動きの羅列ではなくアクセントやゆっくり動く緩急のある」振付にしてみたり、「正面だけを向いて踊るのではなくあちこち向きを変える」変化をもたせたり、というカルチャーショック過ぎて手も足も出ない域ではなく何度も練習すればある程度サマになる振付を用意して要点を押さえた誘導を徹底する、というもの。

もう一つは、僕が深く拘っている音楽に於いてのジャブ。

長年雑食にて培ってきた「幅広いジャンルの楽曲を脈略なく並べるのではなく、ごくごく自然にストレス無く流し聞き出来るように配置し、バリエーション豊かな音に触れる事で身体が反応できる可能性を膨らませる」誘引を行なっています。

これはその時々の振付で使用する曲のみならず、エクササイズ時の選曲こそ心血を注いでいると言っても過言ではありません。耳障りが良く心も体も高揚しスムーズに振付に入っていけるセレクションになるように配慮しています。

しかし、本来の飽きっぽさがちょいちょい頭をもたげ、ドラスティックに曲を変更したくて仕方がなくなる衝動が湧き起こるのですが、そんなフックとストレートの連打をしようものなら99%の皆さんを二度と立ち上がれなくなるぐらいノックアウトしてしまうのは明確に理解しているので、数年に一回ぐらいのまさにオリンピックやワールドカップの開催周期で地味に改訂することにしています。

ということで、中野スタジオでもティップネス3店舗でも明日からエクササイズのセレクションが変わります。

「え?年明けからじゃないの?」

はい、この年の瀬にジワジワと交通整理を行なってオリンピックイヤーである2020年に美しく車線変更出来る様にというまさに神のような配慮なのです。

どうぞ皆さん、限りある時間を惰性で過ごさず煌めきながら過ごしてみませんか?
ジャブ_a0052916_20220073.jpg

ジャブ_a0052916_20253320.jpg


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・時間というものには、いろんな切り取り方がある。陸上競技の100メートル走では、1秒以下の数字を世界中の選手たちが競っている。10秒を切る選手が、国際大会の出場資格というレベルだ。

コンピューターの世界となると、1秒どころではない超短い時間が問われている。瞬間的に、どれくらいの情報を処理するかについては、ぼくはもう語ることさえできない。そんなに短い時間のことは、もう時間という単位で呼んでいいのかとさえ思う。

そこまででなくても、いままで20秒かかってイライラしていたものが、たった5秒になりましたみたいなことだとか、10分かかったものが3分になったとか、そこらへんの単位の時間もある。さらには、10日かかったものが3日になったとか、1日もかかりません、当日のうちにだとか、日数を語るのにも時間の単位がある。このへんは、主に商品やサービスの進化として語られる。

しかし、人の成長は20年で大人ということになっている。いや、それどころか、いまの日本の感覚では、成人式が30歳でもいいくらいになっているのではないか。ここでの単位になっている時間は、1年とか、10年とかのことになっている。さらにいえば「人生100年時代」という時間はどうだ? この年単位の時間の、ほんの少しの誤差のなかに、陸上競技100メートルの1位と2位の差が、コンピューターが競争している情報処理の時間が、どれくらい入っているものなのだろうか。ぜんぜん、もう、ちがうだろう。同じように「時間」としてとらえられているけれど。

なんのために0.01秒なんかを争っているのか。どういうメリットがあって3分を、10分を、1日を、もっと急ごうと考えていたのか、わからなくなる。商品になるのは、短縮だったりするのだけれど、たのしみになるのは、その逆のことのような気もする。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。急がば廻れ、廻るならおもしろく、というのもよさそう。

# by reijiro_kaneko | 2019-12-17 20:21

変化と満月

年の瀬とはただでさえ強迫観念に苛まれて気持ちが慌ただしくなったり一年の計としてなんか凄いことしなきゃいけないなどと考えがち。

毎年この「年の瀬ジンクス」に思い悩み、無駄に慌てて無駄に帳尻合わせで何かまとめてみたりしていたが、今年は少し様子が違う。

言い方は悪いが、消化試合を淡々とこなしているような感覚。

決して手を抜いているわけではなく真摯に向き合っているけれども、かと言って大いなる野望を抱いてウリャアアア!なんて感覚はほぼゼロ。目の前にあることを一つ一つ丁寧に埃や脂汚れを拭き取って戸棚に仕舞っているような気分。

身体の無意味な強張りが徐々に解消されて万全とはいかないまでも全身が緊張している時間が激減すると、脳も休める時間が増えてあれやこれやと思いを巡らす度合いが少なくなっていることに数日前に気付いた。

そもそもインプットが多すぎる傾向にあるのに、次々と動画を創ったりレッスンの在り方を変えたりこうやって文章をつらつらと書いたりして膨大な量のアウトプットをし続けていないと落ち着かない性分は、単に性分として片付けられる問題ではなくストレス過多による心因症を発症してもおかしくない状況であったことを生まれて初めて恐ろしいと感じた。

良い作品を生み出せると自負はしているけれど、常軌を逸した芸術家にはなりたくない。精神と身体のバランスを崩してまで"芸術"に身を捧げ一般人には理解不能の崇高の極みを追究したいとは思わない。あくまでも日常の延長にある風景を雑念や凡庸さを削ぎ落とすことで清く美しく描きたい。

そのためにはやはり、身体が絶えず一触即発のピンチに有ってはならない、と痛感した。

当たり前の事を「こんな当たり前の事も知らないのか!」とさも自分は完璧な常識人であるかのように言い放つ最もダメな教師の典型に陥らず、受講してくださる皆さんがそれぞれ「こんな大発見をしたよ!」と報告して下さる事に対して「それは本当に素敵な発見をしましたね!是非ご自分の宝物にしましょう!」と言える心身の余裕を持ち続けようと思いながら一日を終えた昨晩、今年最後の満月は高い塔のてっぺんからチラリと覗いて微笑んでくれたのでした。
変化と満月_a0052916_16000069.jpg


# by reijiro_kaneko | 2019-12-13 15:59

【Season's Greetings】公開いたしました。

今年2月末に第一弾動画を載せてから早一年、偶然にも11ヶ月目に11作目をお披露目し、これで一月に一本ペースで撮り続けてきたことに我ながら驚いております。

口を開けば「俺は引退したんだぞ!」ばかり壊れたレコードプレーヤーよろしく言い続け、舞台上でスポットライトを浴びて踊る姿を生で観たいと仰ってくださる皆さんの心を打ちのめし、動画の中だけでパフォーマンスをする宣言はどうやっても覆らないと諦めの境地に達してゆく皆さんのションボリとした背中を見ながら、せめてもの恩返しをさせて頂きたいと常々考えておりました。

前作【Elusive】によってまるでこの世を裁いているかのような世界を見せつけて2019年を締め括るのだけは避けたい、とも考えておりましたので今年最後の作品はホンワカとした温かいニュアンスに仕立てました。

ちなみにこの動画の前半部分はぎっくり腰が完治していない状態の時点で撮っております。「超」が付くドアホです。

しかし、後半部分をご覧頂いてお分かりになるように、完治してもこの有り様です。腰が悪かろうが良かろうがこの程度。さほど差は無いことにガッカリしつつも「これが現状…」と謹んで受け入れている自分がいます。

2019年はどうやら「全てに折り合いを付ける」一年だったようです。気付かせて下さった様々な出会いとご指南に感謝。

皆さんはこんな超ドアホの真似なぞ絶対せずに、どうぞ健やかで穏やかな年の瀬をお過ごしになり輝かしい新年をお迎えくださいね。

それでは、新作をご覧ください。

【Season\'s Greetings】公開いたしました。_a0052916_23402730.jpeg

# by reijiro_kaneko | 2019-12-08 23:38

振り返りつつ反省やお願い

糸井信望が治まりません。というか、いちいち考えていることがシンクロしていて失笑してしまいます。

彼が仰るように、僕も割と頻繁に「自分、よくやってるよなぁ」と感心しますし、そう感じた途端に「いやいや、大したことしてないだろう。ここで慢心したら終わりだな」と自戒モードに入ります。

他人から褒められて決して嬉しくない訳ではないのですが、褒められれば褒められるほど「すいません、そう言って頂けて光栄なんですけど、ほんと何言っちゃってんのかよく分かりません。世界を見渡せば宇宙スケールで凄い人いっぱい居るからそちらを褒められては如何ですか?」と思う気持ちが強くて、素直にニッコリなんて出来ません。というよりは、やたら称賛してくる方に限って「私はこんなに素晴らしい人と近しいのよ!」という自分アピールの側面が鼻に付いて嫌になる面倒臭い性分です。

そんな面倒臭い思考回路も大怪我を機にだいぶマシになりました。何よりもまずよく眠れる。これは本当に奇跡と言ってもいいぐらい、それまでは眠りが浅くて些細な物音でパッと目が覚めてしまっていましたが、深部の凝り固まっていた筋肉を徹底的に解して貰っているので「さぁ、寝よう」とベッドに横になった瞬間に交感神経はドミノ倒しのようにパタパタパタとなぎ倒され、正に夢見心地で夢の中へ。

ご飯も相変わらず美味しく食べられていますし、お通じも快調そのもの、筋肉痛すら起こりません。気になっていた手の指の痺れと感覚の薄さも、足の指の強張りも改善されています。

一体どのぐらい体にも心にも無理を強いていたのでしょう…

僕個人は今回大怪我で気付けた事が沢山あり、身体を弛めつつ鍛えていくことの大切さを痛感しましたが、世の中には色々な人達がいて尋常じゃなく身体を強張らせて使っていても大事故には繋がらない方々も大勢いらっしゃいます。そんな方々に弛める美学を説くなんて完全にナンセンス。突っ張っていないと心も身体もダメになってしまう方々に「そんな使い方してたらいつか突然再起不能になってしまいますよ」なんて囁くのは本当に余計なお世話なのです。そして、弛めて丁寧に使うからこそ美しいアートになるとは限らず、機械のようにカキカキと動くことだって素晴らしい芸術なのです。

ただ、僕の場合はカキカキし過ぎたり突っ張り過ぎたりすると再起不能になるので今後更に弛めて丁寧に使う方向性を極めていくことにしました。

そこで皆さんにお願いがあります。

「金子に餌を与えないでください」

そうですねぇ、あれは去年の長編遺作上演時でしたかねぇ、「一切の差し入れをご辞退申し上げます」宣言をしましたが、それを機にだいぶ皆さんも気を遣って下さってご好意は激減したのですが、まだそれでも時折お菓子や栄養補助食品の類いを下さる方がいらっしゃいます。

ご好意はとても有難いのですが、今後は「口に入るもの」「身体に触れるもの」「飾るもの」「読むもの、聴くもの、眺めるもの」「宗教関係グッズ」等の一切のお心付をお断りいたします。

皆さんには対価を支払ってレッスンを受けて頂いている、それに見合う内容のレッスンを僕は行なって皆さんが心も身体も健やかになってスタジオを後にされる、それが僕の仕事でありやり甲斐であり誇りであるわけです。

「移動中お腹が空くでしょう、少しばかりですけどこれでしのいでくださいね。」と優しい気持ちで渡してくださるものをにべもなくお断りするのはなかなか苦しいものです。

実際に、「人に物をあげることが生き甲斐だ」と仰られたケースもあり、その愉しみを踏みにじるのは如何なものかと悩んだこともありました。

でも、そのストレスも含めて更なる怪我に繋がる要因はどんな些細なことでも徹底的に排除しておきたいのです。

何物にも囚われず完璧に整理整頓された身体で、少しでも長く皆さんに質の良いクラスを提供するために。

潔癖症でごめんなさい。融通が利かなくてごめんなさい。我が儘でごめんなさい。

これを皆さんにお伝えすることが2019年の僕の「ケジメ」です。

来年、「アイツ、なんか胸糞悪い事ばっかり言うけど、明らかに色々進化してて言うだけのことあるじゃん?」と皆さんに一目置いて頂けるように。そして、そんな自分を来年末には「ちょっとよくなった」と思えるように。

はい、では糸井氏のコラム、どうぞお読みください。未だにこの方が71歳だとは信じられません。柔軟な感性と幅広い発想力は僕の20年後の目標です。
振り返りつつ反省やお願い_a0052916_21385357.jpg

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

・いずれ、また何度も言うことになるんだから、いまみたいな時期に先走りして言うことないんだけど今年も、もう終わりですねぇ。泣いても笑っても、と、これまた平凡なこと言いますが、後悔もしてませんよ、やるだけやってると思いますよ。それでも、もっとできたんじゃないかなんて、後悔じゃないんだけど、不満を感じているというか…。

だけどね、これ、悪いクセだよねと気がついたんですよ。あれこれ至らぬこともございますが、一年前から、ここまでで、ずいぶんいろいろやったもの。ぼくも、だけど、「ほぼ日」のみんなも、進化というと大げさだけど、ひと回り成長したと思うよ。そういうところを見ないで、「まだまだです」とかね、簡単に言い過ぎちゃうのは、ちがうなぁと気がついた。

あんまりほめてたら、慢心するとか、天狗になるとかね、そりゃぁ注意しておく必要はあるとは思いますよ。でも、実際、それほどいい気になったりできないもの。じぶん自身の経験では、天狗になるとか、いい気になることはあったとは思いますよ。でも、なんかそれは麻疹(はしか)みたいなもので、もう済んでるというか、もう懲りてるという感じです。世の中見渡して、ほんとになにかやってる人で、何度も、あるいは、いつも、いい気になってる人って、あんまり見かけないでしょう。なんにもやってないのに自信過剰という人だったら、けっこうあちこちにいそうだけどね。

とにかく、師走のこの時期、なにかと反省したりしてそうな年の瀬に、「よくやったことを数える」ようにしようと思うんです。みんなにも、もちろん、じぶんにもね。「ちょっとよくなった」は最高で、「かなりよくやった」は、最高の上です。「もうちょっとできたんじゃないか」は、来年やろう。「だめだったなぁ」があったとしたら、考えればいい。反省じゃなくて、やれるように考える、あるいは忘れる。それでなくても気忙しくなるし寒くなる12月ですから、笑ってあったまるような日々を過ごしましょう。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。アホかというくらいのオポチュニズムが、いいバランスさ。

# by reijiro_kaneko | 2019-12-06 21:38

「decay-de」終演いたしました。

√isionsという場所がご縁で出会ったMちゃんと昨日の舞台の終演後話すタイミングがあり、そこで僕が「今年は久しぶりにあまり作品を創らない一年であり、創り方すら忘れていて困った」と無意識に喋っていることにうっすら違和感を感じていたのですが、少し時間が経ってよくよく考えてみたら恐ろしい数の小作品を創っていた一年だったのだと今更気付くおバカちゃんです。

「本公演」と名が付く大作こそ創らなかったものの、「俺はYouTuberになる!」とある日血迷って独り言を言い、どうしようもない駄作も勘定に入れると10本もの動画作品をYouTubeに上げ、過労のため「ギックリ」の名称を冠する三種類をコンプリート。

いやはやなんとも馬鹿過ぎて我ながら呆れます。

何を思ってか、911に端を発する様々な事件や災害への弔い合戦も始めてしまうが故に、楽しくなってしまった死者の魂を無数に身に纏い過剰装飾されたクリスマスツリー状態でこの3ヶ月ぐらいを過ごしていた訳ですからね、そりゃあ身体もオカシクなりますわな。

僕には無数の矢が刺さったまま静かに仁王立ち出来る弁慶みたいなことは到底無理だと分かったので、もう中途半端な弔いも辞めます。別にその責務も全くもって僕の担当ではないのに、一体何を勘違いして突っ走っていたのでしょうか…

2019年の師走は、本来の使命である「しがないエンターテイメント・サービス業」に専念し、こんな偏屈オヤジにも関わらず慕って下さる皆さんが心も身体も健やかに新年を迎えられるよう、ほんの少しお手伝いをさせて頂く所存です。

そして、怪我を武勇伝にさせない賢く健康と付き合う方法を皆さんと共に模索していこうと思います。

話は√isionsに戻ります。

ショーケース形式の公演はこれが2度目の参加となります。前回よりも振付師・出演者共に増えて総勢300名弱の大所帯の中、20名を超える出演者作品も多数ある中で僕は7名という少数精鋭での作品提供となりました。

当初は、昨年の引退パフォーマンスの再演のつもりで創り始めたのですが、出来上がってみたら完全に新作となっていました。初演はデュオという形でしたので、7名に増えただけでも僕の中ではワオ!な感じだったけれども、40名超の作品の直前に配置されると流石に少々寂しいかなぁ…と不安になった時もありました。

しかし、そんな不安も照明が付き音質の良い音響が華を添えてくれた瞬間に吹き飛びました。

「decay-de」は「崩壊してゆく10年」という意味です。911に始まった10年、そして311から壊れ続けている新たな10年。そんなテーマを20代前半の彼等に託すのはどんなに身勝手な僕でさえ流石に躊躇しました。しかし、リハーサルを積み重ねるうちにどう考えてもこのタイトル以外の選択肢が見当たらず、彼女達にこのタイトルに決めたと報告した時もアッサリと受け入れてくれたことで腹を括り、どんなに世界が壊れていこうが地球上の何処かで罪人達をその無垢な眼差しで見つめている女神として描いたのです。また、作品の随所にこの20年で起こった事件や災害のモチーフを忍ばせています。
「decay-de」終演いたしました。_a0052916_21155211.jpg


「だからと言って深刻になる必要も悲しくなる必要もない。君達はあくまでも丁寧に動きを紡ぎ、遠くまで見渡して、ノビノビと其処に存在してくれればいい。」

それが最後に彼女達に掛けた言葉でした。
「decay-de」終演いたしました。_a0052916_21161401.jpg

少人数では埋めることが難しい舞台の空きスペースが、時には荒廃した大地を思わせ、時には細長い洞窟を彷彿とさせ、時には巨大な神殿をも想起させる空間へと変化し、その中で悲愴感のカケラもない7人の女神達が滑るように動いていく情景に、作者であることを忘れ陶然と酔いしれて観ておりました。
「decay-de」終演いたしました。_a0052916_21143026.jpg

世の中には大人数を整然と見事に捌く振付師が存在します。底抜けに楽しいショーを創る事に長けている振付師が存在します。

僕の役割はセールスポイントはそこではない、と今回再認識したことは言うまでもありません。

一人一人の顔が見える、個性が踏み潰されない、簡素で清潔でホッとする、それでいて想像力を掻き立てる作品をこれからも創っていきたい所存です。
「decay-de」終演いたしました。_a0052916_21163994.jpg

最後になりましたが、「decay-de」の中で僕が何度も泣かされたシーンがあります。それがこちら。今回初めまして、のお二人のお陰で僕は色々な意味で救われたのです。
「decay-de」終演いたしました。_a0052916_21135625.jpg

# by reijiro_kaneko | 2019-12-02 21:03



ダンサー兼インストラクター『金子礼二郎』が気ままに呟いています。
カテゴリ
タグ
最新のコメント
うーん、怪我ですか。心配..
by Annie at 14:33
yukiさん ほん..
by reijiro_kaneko at 12:10
慣れです、慣れ。 がんば..
by yuki at 11:49
ハニョポンタさん ..
by reijiro_kaneko at 22:59
昨夜アバターを観てきまし..
by ハニョポンタ at 13:29
ふぁるさん 初めま..
by reijiro_kaneko at 12:41
初めましてです。 私も..
by ふぁる at 02:15
ひさえさん おー!..
by reijiro_kaneko at 23:54
H先生、以前カザミアで受..
by ひさえ at 15:03
美保子さん とても..
by reijiro_kaneko at 11:23
以前の記事
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
フォロー中のブログ
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧