人気ブログランキング |

【礼二郎のつぶやき】

<   2019年 08月 ( 13 )   > この月の画像一覧

万全など無い

スポーツクラブ主宰の発表会に向けて2つのユニットが同時進行で毎週リハーサルを積んでいます。

全11回コースでスタートしたリハーサルレッスンも残すところあと僅か。振り付けやフォーメーションを覚えて貰う段階がようやく終わり、これからようやく正確な身体の使い方や音のハメ方を徹底的に指導させて頂ける運びとなりました。

何しろ、この出演が人生で初めての舞台出演となる方やとても久しぶりの発表会出演となる方が殆どのユニットですので、本当に皆さん大変な思いをされています。細かく創ると精巧なジオラマのような精密さを求める傾向にあることは重々承知しておりましたので、やりたいことの一割程度に簡素に構成して創ってはみたものの、それでもアタフタしてしまう人が続出する様を見ていて、「やはり、やりすぎたか…」と弱気になり、もっともっと簡単にまとめようかと思った時もありました。

でも、そんなチイチイパッパの発表会なんて観てて面白い筈がないのです。身内や知り合いの生温い「良かったよ〜」なんて冥土の土産になんてなるはずがないのです。

新しく覚えることより忘れていってしまうことの方が多くなる40代以降の方々に対して物凄く酷い仕打ちをしている罪悪感にも悩まされました。

でも、別に僕が彼らにすがりついて出演をお願いしたわけではないのです。皆さん、自分の意思でチャレンジしてきたわけです。

売られた喧嘩はキッチリ買うのが性分ですし、大喧嘩からの大和解を何よりも賛美するおめでたい男として、鉄壁のサポートを敷こう!と決めました。

リハーサルの後でダメ出しの長文が届いたり映像作品製作で培った編集技術を駆使しての参考動画が届いたりと、短いレッスン時間内ではフォローしきれない事を全員から「こんなにして頂いているのに下手クソなままだったら死んだ方がマシですよね」と悲鳴か誓いの言葉か分からないレスポンスを頂くぐらいこれでもかとやり尽くしています。

それでも全く追いつきません。

ダンスの経験値や身体能力や音感や生活習慣など様々な個人差があるカオスな集団をまとめるわけですから、そもそもまとめるという概念からして間違っていることにも気付きました。

しかしながら、もう笑うしかないダメっぷりを経験すると後には希望しか残りません。ダメなんだから良くしよう!そう思い立ち、先日はTutorial動画を14本皆さんに送り付けました。どんなにダンス初心者の方が観ても分かりやすいと感じて貰えるクオリティでカメラに向かって絶えず語り掛け、絶対に見過ごされることが想定される箇所に至っては壊れたレコード宜しく複数回反復説明をするという丁寧さ。
a0052916_15364035.jpg

a0052916_15364181.jpg

ここまでしても伝わらない人には伝わらない事は解っています。それはやはり「今だから」と「今じゃない」の話にも関係します。

そして、「世界の何を知っているか?」「リスペクトとは何か?」という次元の話も大きく関わってきます。

あ、でもその話はまたいずれ。

by reijiro_kaneko | 2019-08-30 15:32

今だから?今じゃない?

指導させて頂く立場にある者として、常に判断基準の1つに持ち続けている事があります。

それは、「今だから」と「今じゃない」。

受講なさる皆さんにはそれぞれの目的と目標があります。その多種多様なニーズに全て応えることは絶対に無理なことではありますが、100%満足して頂くのは不可能だとしても何かしらの楽しさや充実感を提供することは教師としての最低限の務めだと自負しております。

これを前提として、さて、ただのファッション感覚で受講なさる方々は除外しての論理を述べさせて頂きます。

安くはない対価をお支払いになって受講されるということは多かれ少なかれ「何かを学びたい、昨日の自分より成長したい」と望むのは当たり前だと思います。寧ろ、それが無かったら受講されるのはお辞めになった方がよっぽどご自身のためにも世の中のためにも良いと思います。

難しいのはここからでありまして、「何を、どんな風に、どの程度向上させたいのか?」という価値基準が千差万別。

無限に広がる銀河の如く、「ああしたい!こうしたい!」の要求に全て応えられるのは神でも不可能。

結果、皆さんから漂い出てくる比較的似通ったニーズを察知して「これをこうしたら素敵になりますよ」という提案をするのが僕の務めだと考えております。

対して、「これを言ってもおそらく聞く耳持って貰えないだろうなぁ…」と判断した事については潔く口を閉ざします。

もうお気づきですよね?

「今だから」言えることと、「今じゃない」ので言わないことを、割とシビアに分けているのです。

それは対個人でも異なります。この人にこれだけ言うけど、あの人には何も言わない、それは依怙贔屓ではなくて、当然の義務だと思いますし、自分の身を守る術でもあります。

僕の在り方に共鳴して下さっていて貪欲に吸収したいと望んでいてその方の心体状況が万全であれば、僕は歯に衣着せず良いことも悪いことも申し上げますし、逆にチャンネルが合っておらず多くを望んでいらっしゃらない方には真実の1%ぐらいしかお伝えしません。

勿論どちらにも一長一短あることは承知です。

沢山言ってもらえたから良いと思えることばかりではなく、逆にこんがらがって成長が阻まれることもありますし、何も言ってもらわない方が平和に楽しく生きていられる、ということもあります。

そんな配慮など全く持たずにスーンとクールな教師を貫いたり、雷しか落とさない熱血教師に徹したりしてればこんなめんどくさいことをウジウジと考えずに済むでしょう。

しかし、これは性分なのですねぇ。そして趣味と言っても過言ではないかもしれません。頭が痛くなったり胃が痛くなったりしながらも何かステキなお節介が焼けないかと日々悶々としているのです。

と、平和に落ち着ける終わり方に虫酸が走っているのも事実です。本当はとてもムカついてたりするのですが、この「ムカつく」という感情も自己暗示の性格を多分に有しているという分析はまたいずれ。
a0052916_12042050.jpg


by reijiro_kaneko | 2019-08-30 12:00

課題曲披露&高円寺阿波踊り

はい、そろそろかしら?と嫌な予感がしていた方、命中です。

実はテスト飛行を昨日土曜日に行いまして、皆さんの反応が良かったので明日から正式にこちらの振付を課題曲とさせて頂きます。

久しぶりに小細工無しの王道リリカルジャズにて身体の隅々までしっかりと使って気持ちの良い汗をかいて頂けたら幸いです。

なお、今回は参考動画を久しぶりにInstagramに載せました。恒例となっておりましたTutorialは載せませんので、実際にレッスンに参加なさって僕の肉声と動きで理解を深めてくださいね。


さて、それはさておき、今日は高円寺に越してきてから初めての年に一度観たきりだった高円寺阿波踊りを最初から最後まで鑑賞、いや、観戦、でしょうか…とにかくほぼ全ての連を観尽くしました。

とは言ってもただ観ているだけの筈がありません。

折角一眼レフとコンデジを買い揃えたのですから、こんな格好の練習機会はありません。ええ、ひたすら撮影しておりました。

お恥ずかしいですが何枚かご披露いたします。お越しになれなかった皆様に少しだけお裾分け。
a0052916_23562812.jpg
a0052916_23563079.jpg
a0052916_23563391.jpg
a0052916_23563702.jpg
a0052916_23581358.jpg
a0052916_23590965.jpg
a0052916_00004546.jpg
a0052916_23591698.jpg
a0052916_23592057.jpg
a0052916_00005735.jpg
a0052916_00015912.jpg


by reijiro_kaneko | 2019-08-25 23:45

夏バテを認めよう

年々耐久力とか持久力が減っている。灼熱の街を2時間ぐらい彷徨っただけで限界に達する。階段を駆け上がるとその後しばらくは息が戻らない。

昨日も、真っ黒に日焼けした笑顔の素敵な人力車のお兄さん達を軽く20人は目撃したが皆一様に疲れた顔など見せず意気揚々としている姿が眩しかった。

いやぁ、あんなの絶対無理ですわ。お客さんがひっきりなしに来る訳でもなかろうし、寧ろ待っている時間の方が長いであろう。ジリジリと照り付ける太陽がまるで人間ローストビーフをこしらえているような過酷な環境。

本当に心からアッパレと申し上げたい。

若さって良いよねぇ、夏バテなんて無縁でしょう?と昨日同行してくれたL君に尋ねてみたら、「え?僕、ついこの間まで夏バテでしたよ。しかも結構酷いやつでした。」とあっけらかんと言われる。

「ええええええー?若さって夏バテの天敵みたいなもんじゃないのー?」

そりゃそうですよね。個体差は歴然とあるでしょうし、何よりこの暑さ、夏バテしない方がおかしいですから。

かの糸井氏も夏バテされているご様子。それを聞いて何だかホッとしている僕。
a0052916_11332071.jpg

数年前までは誰かと同じ境遇だと聞かされても何とも思わなかったのに、ここ最近は親近感を覚えたり「おお、あなたもそうなのですか、ならばこれは安堵して宜しい事なのですね」とホッとしたりするようになっていて、例えは変ですが角を折られたバッファローの気分です。

ええ、相変わらず面倒くさい性分です。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

・何年か前、いまごろの時期のことだった。どうも、なんだかとても疲れている感じがある。短い時間ならなんとかなるのだけれど、長い時間、しっかりしていられないのである。目を閉じて、なんにもせずに横になっていたい。でも、休むというほどのなにかがあるわけじゃない。というようなことを家人に愚痴っぽく言ったら、「夏バテじゃない?」とかんたんに答えられてしまった。「え? 夏バテ?これは夏バテなのか!」ぼくはびっくりした。その3文字で表されたぼくの状態に、「ああ、そうだったそうだった」と納得することができなかった。これが「夏バテ」というものなのか、知らなかった。そういえば、なのだけれど、ぼくは夏バテというものを、自覚的に経験したことがなかったようだ。

しかし、翌年も、この時期に、そんなふうになって。これは去年にもあった不調だと気がついた。去年、指摘されたあの「夏バテ」というものだ。わかったら、ありふれた風邪を引いたときのようにけっこう気がらくになった。そしてさらに次の年も、この時期に「夏バテ」をした。ぼくはある年齢のころから、毎年「夏バテ」をする人間になっていたのである。

そして忘れもしない2019年、というか、今年。いつも目を閉じたい、頭痛のような感じがある、なにかを考えることが億劫である、ただただ眠い。来た来た、来ました「夏バテ」さんです。効かない効かないと文句を言ってたエアコンが、効きはじめたせいかもしれないし、なんやかんやで睡眠不足が続いているせいもあるが、やっぱり、季節の変わり目の体調の変化なのだろう。

とか、ひとりごとめいた文を力なく書いて、Macから目を離し、さっと振り向いてあなたに言おう。「どうですか、夏バテしてますか?」。おたがいお身体、お心、おいたわりましょうね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。しばらくは、ゆるやかな小川のせせらぎのように生きます。

by reijiro_kaneko | 2019-08-23 11:31

浅草撮影会

足掻いております。

はい、写真の件です。ダンスを創る時にいつも悩まされるフォーメーションと同じことがカメラでも起こります。画角、というものに関してまるでセンスが無いのです。

思い返してみれば子供の時から注意力散漫だとよく通信簿に書かれていました。あっちにもこっちにも気移りして、結果一番大事なものを大事にしない。写真というものは撮したい対象にギュッと集中して撮らないといけないのに、周りのものが色々見えてしまってそれらもフレームの中に収めたいと思ってしまうらしいのです。10枚撮ったうちの8枚は対象物がハッキリしないボンヤリとしたスナップ写真という有様。

そんな僕が撮る写真に何故か反応して、記念すべき第一弾映像に出演してくれたR君から一緒に写真を撮りに行きたい!と申し出があり、「お互いの撮っている姿を観察していれば何かヒントが見出せるかもしれない…」と思って快諾しました。

因みにR君との映像をまだご覧になっていらっしゃらない方はこちらをどうぞ。
相変わらず稚拙な出来ではありますが、撮ってきた写真をどうぞご覧ください。
a0052916_20461514.jpg

a0052916_20461727.jpg

a0052916_20462043.jpg

a0052916_20475267.jpg

a0052916_20462680.jpg
a0052916_20474141.jpg

a0052916_20474445.jpg

a0052916_20474791.jpg

a0052916_20475025.jpg


by reijiro_kaneko | 2019-08-22 20:42

慣れ方を習え

習うより慣れろ、という言葉がありますが、僕はこの解釈について一言申し上げたい。

確かに習うことだけ一生懸命やっていても応用力のないガチガチの石頭になってしまう危険性があり、その環境に慣れて世界観をしっかりと身体に馴染ませて学ばないと本末転倒、という意味でこの言葉は存在すると思うのだが、「慣れろ」の解釈を間違うと折角の格言も無用の長物。

「慣れる」プロセスの中に「だれる」「甘んじる」「審美眼が衰える」の三大悪が混入してはならないのである。

長らく学びの場に居ると、どうしてもある程度「わたしはこれだけ学んだし、まぁいいか」と自分を甘やかす思考に陥りがち。上を見たらキリが無く幾らでも成長出来る余地はあるのに、程々に出来る自分を良しとして成長しようという意思を捨ててしまう。そして、与えられた課題をダラダラとなぞって満足する。

ダラダラとなぞって満足することも別に悪いことではない。「継続は力なり」という新たな美徳によって護られるからだ。しかし、そこに「加齢」というブラックホールのような恐ろしい概念があることに多くの人は気付こうとしない。いや、その恐ろしささ十分知っているからこそ気付きたくないのだ。「加齢」は残酷だ。継続で得た力をゼロどころかマイナスにしてしまうほどの驚異的なパワーで「維持」では済まされず容赦なく「劣化」させるのだから。

この「劣化」を食い止めるために僕は己の身体を犠牲にして日々毒舌を吐いている。何もそこまで言わなくても…と思うことも敢えて口にする。ブラックホールに吸い込まれそうになっている宇宙船の操縦席で、「私はまだ飲み込まれる訳にはいかない!」と操縦桿を握っている人のために。

思い返せば、数年前まで僕は慕って集まってきて下さる皆さんを甘やかしてきた。甘やかしていたつもりはなく、個人の意思を尊重し自由にのびのびと学んで貰おうと配慮した結果だったのだが、まるでゆとり教育の弊害よろしくボウボウに生えた雑草だらけの庭状態になってしまい、これはイカン!と方針を変更。

「慣れる」など有り得ない。常に新鮮な学びが無ければレッスンを受ける意味などない。目から鱗が剥がれ落ち続けて目玉が消滅してしまうぐらい膨大な気付きを提供出来るようにいつでも自身が邁進していなければならない。

去年からパーソナルトレーニングを始めたのも、今年から映像作品を何本も撮っているうちにカメラにハマってしまったのも、自分の在り方を根底から見直す良いキッカケになってくれた。どれも頑張って体当たりで臨むにも関わらず、上手く行くことの方が少なく、大抵は敗北感を味わうことになる。そんなダメな自分が恥ずかしいから次に同じことをやる時は失敗しないように歯を食いしばって臨む。これこそが「慣れる」ことだと思う。

こんなことを2日かけて書いていたらまたしても糸井氏の言葉が奇跡的なタイミングで降ってきた。

心の中を覗かれているようでなんだか恥ずかしい。
a0052916_13120790.jpg

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・よく、「失敗」が大切だと言われるのだけれど、どうしてそれが大切なのか、じぶんに説明できたことがあったろうか。人には言える、平気で言えるし、信じつつ言える。「失敗が、なにより大事な経験になる」と説ける。

しかし、じぶんの失敗については、納得しないままに「失敗も経験だから」と、慰めるように、あるいは半ばあきらめたように、思いこむことが多いような気がする。

ずいぶんと大人になってから、「失敗」が大切な宝であることが、わかるようになる。いろんな大人が、それを教えてくれると思うが、ぼくにとって、いちばん簡単な説明とはこういうことだ。「失敗は、やろうと思ってできないから」、これだ。やろうと思ってする「失敗」、というものはない。やろうと思って、うまく「失敗」ができたとしたら、それは、ただの「計画の成功」だ。だれも「失敗」なんかしたくないし、どうやって「失敗」しないかさんざん考えているのに、してしまうのが「失敗」だ。つまり、「失敗」というやつはうまくいくための「計画の網の目」をかいくぐって、やっと出現してくれる「貴石(奇跡)」なのである。

「失敗」と出合って、そこで終わりにならなければ、(できたら元気に)生き続けてさえいたら、「あの失敗があったおかげ」に気づくことになるだろう。あらゆる周到な計画も、いかにもでっかい夢も、「失敗」という宝に出合えぬままでは、ありふれた「ただの成功」にしか届かないだろう。

「失敗」という「貴石(奇跡)」は、運命と呼ばれる「つながり」のなかにあって、ひときわ輝く宝石である。ほしいと思っても与えられぬ宝の石だ。こんなものさえなかったらと忌避されていたのに、それがあったからこそ、すべてがつながってくれる。「失敗」のある人生にこそ、感謝と歓喜を。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。気取って書いてますけど、なにかあったわけじゃないです。

by reijiro_kaneko | 2019-08-18 13:09

必要な痛み

首が痛いです。

昨日のレッスンで「本当はここまで身体を追い込んで踊って欲しい!」と己の身体を酷使して何度もお手本を見せつつ皆さんに気付いて頂こうと必死で力説したが為。

頭も痛いです。

僕はレッスン中、かなり目を酷使しています。それに気付いたのもこの数年なのですが、もともと視力が極度に弱いのにもかかわらずコンタクトレンズ越しに被写体が焦げるぐらい目を凝らしているせいで、特にあやふやな人が多いクラス後は眼球が岩かと思うほど硬化してしまい、血行不良で頭も痛くなります。

でも胃は痛くありません。

感情的にキイキイとわめいた後は胃のあたりがズーンと重くなり、腸の動きも鈍くなり、身体中にガスが溜まります。しかし、キイキイ言わなくても皆さんに通じた時はとても爽やかな体内環境になります。昨日は確かに最初こそあやふやな人は多かったのですが、熱血指導に徹していたら「死ねばいいのに!」と感じてしまう人など一人もおらず、充実感しか残らない素敵なレッスンになったので首と頭はズキズキしてますが、首から下と心はとても健やかです。

そんな時に流れて来る大好きな糸井氏のエッセイのホッコリ加減に完璧に癒されました。 

a0052916_11303672.jpg

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・人は、夏になると海に泳ぎに行きます。ぼくも何度も行ったものです。人でいっぱいの砂浜や海を見て、「何十人もの人間がCをしているんだよな」と、だれかが言ったりします。そうかもしれないとも思うのですが、なんか感じわるい。でも、ぼくにはそれを否定することもできませんでした。

しかし、大人になってから、その言い方には、ちょっと矛盾があると気がついたのでした。否定するというより、その矛盾をどうするかが問題です。まったくきれいな水で泳ぐにはどうしたらいいのか? そこに答えはあるのかよ、ということなのです。人体のすべてをきれいに洗ってから、水に入る? もちろんウォッシュレットみたいなものも、激しく使っておいてもらいましょう。海中でCやら、ましてやUなどしないのは前提ですよ。暑いからって汗をかいている人にも遠慮してもらいます。他人の汗なんて、口に入ったらいやですからね。それでも、じぶんの人体の汚れは水に溶けこみます。そのことはいいのか、とも思います。すでにもう、かなり無理なことに挑戦しているのです。しかし、その前に、海中のタコだとかイカだとか、イワシだとかマンボウだとかフナムシだとかは、大いに、自由にたれ流してますよ。CもUも我がもの顔でひり出し放題ですよ。さらに、魚たち死んだりして死体を浮かばせてます。ぼくは、これでもライトに表現しているつもりですが、クジラあたりがするUはものすごいらしいですよ。「それは自然だからいいんだ」と言われても、思えば人間のCもUも自然ですからね。

つまり、理屈できれいと言えるような海で、現実の生きものである人間が泳ぐことなんかできない。多少のきれいでないものも含めて世界なんだと、ある種の諦観を身に着けていくしかないんですよね。

「この海でたくさんの人間がCをしている」への返事は、「そうだなぁ」の一択で、そのまま海に入るのです。ぼくらは、観念の世界に生きてるわけじゃないので。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。それはそうと、あなたは海でCをしましたか? ぼくは…。

by reijiro_kaneko | 2019-08-16 11:30

イイ人

a0052916_14322142.jpg


他人には「イイ人ぶるの辞めない?」なんて偉そうに言うくせに、さて自分のこととなるとやっぱりどこかで「イイ人」の仮面を被っているわけでして。

本当はイイ人でも何でもなくてあらん限りの悪態とか平気でつくし、世のため人のためになんて生きていたくないというのが本心だったりもするんです。

それを取り繕ってオブラートに包んだ物言いして波風立てないようにしてひっそりと生きていることにある日突然嫌気がさして大噴火を起こし、それはものの見事に周りに人が居なくなります。

そりゃそうですよね、当たり障りなくふんわりとイイ人ぶってるから、傷付きたくない表面的に生きている人ばかりが周りに集まってきて、突然「寄るんじゃねぇよデブ!」と悪態をつかれるわけですからねぇ。

しかし、50を越えてまだそんなことを繰り返していたらそれこそ本物の老害。だ〜れも寄り付かない偏屈爺で余生を過ごすのは幾らアウトローの僕でも寂しすぎて耐えられそうもありません。

ですので、過去の失敗を教訓にして大噴火を起こす前にほぼ毎日小噴火することで甚大な被害を避ける術を身につけました。

思い返せば何故そんな事まで我慢して言わずしてナァナァにしていたのか、今となっては苦笑することばかり。

スポーツクラブに通っている、しかもダンスなんてルックスが非常に大切になる種目にも関わらず、大した努力もせずにポヨポヨお腹でヨタヨタ踊り「せんせぇーい、腰が痛いのよー。どうやったら治るの〜?」とすがってくる方々に「そうですねぇ、こんな体操を無理なく続けてみてはいかがですか?」とやんわり助言していたあの頃が懐かしい。

今では一刀両断。「え?デブだからですよね?痩せれば治りますから。」

せっかくYouTubeで参考動画を上げても実際のレッスンでそれを活かしている人はごく稀。やっても意味無いんだから嫌になって暫く動画を上げないと「せんせぇーい、動画載せてくださーい!何もお手本が無くてレッスンに参加するの緊張するんですぅー」と直談判。どんな方でも僕にとっては「お客様」であり、理不尽に辛く当たるのもどうかと思っていたので「ちょっと忙しくて動画を撮る暇がなくて今回は載せてないんですぅ。ごめんなさいね。頑張って実際のレッスンでモノにしてくださいねー!ニコニコニコ」とやんわりお伝えしていたあの頃が懐かしい。

それが今じゃ「は?そんな風にチンタラやってるんだったら死ねばいいのに。」

昨日の某店でのレッスンで僕は何回「死ねばいいのに」「そういうのほんとムカつく」と言ったことでしょう。それぐらいほんとにムカついたし、半分本気で死ねばいいのにと思いました。

でもね、死んじゃダメですから。

死んじゃうのはダメ。死ぬ気で頑張るのはヨシ。

あまりにも「死ねばいいのに」を連発するので皆さん爆笑するしか手立てがなくなり、それでも笑って済まされない状況らしいと察知し、最後の頃には見違えるように逞しい踊りを披露してくださいました。

「死ね死ね」言おうが、最後にはちゃんと結果を出してこその暴言。そこが成立していないとただの悪口。どうしても伝わらない場合には身体の中で変な音が鳴りながらも身を削って見本をお見せすることで、単なる口が悪くて生徒を奴隷としか見ていない先生にはならないように自分を律するのはプロとして当然の在り方。

ええ、テメーのケツはちゃんとテメーで拭きますから。

そこは何とか皆さんと共有できているからこそ、こんなにも長きに渡って沢山の皆さんがご愛顧下さっているのだと思います。

加えて、こんなにも毎日思い悩むネタを提供して下さる皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

大脳皮質がツルッツルで死ぬのだけは死ぬほど嫌ですので。

それでは恒例となりました糸井氏のエッセイをどうぞ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

・「いい人」ということばには、いろんな意味があります。どういう人が「いい人」なのか、定義するのも、なかなかむつかしいでしょう。でも、とても具体的なだれかについて話すとき、ぼくらは「あの人はいい人だねぇ」と言ったりします。他の人もそれについて賛同してくれたりもします。つまり、「いい人」を探すのは簡単じゃないけれど、結果的に「いい人」であると認められる人は、たしかに存在するわけですよね。

じぶんのことを「いい人」だと判断するのも、たぶんとてもむつかしいことです。じぶんが「いい人」のようなふるまいをしたことだとか、「いい人」と言われるようなことをしたことだとか、じぶんで知っているとしても、その「いい人」としてのふるまいの前に、なかなかの悪いことを考えていた…というようなことを、じぶんだから、知っているんですよね。どこかで、ぼくらは、「いい人」は悪いことを考えないと思いこんでいる。実際に、ほとんど悪いことを考えないような純真な「いい人」も、具体的にぼくらは知っています。そういう人ってほんとにいるんですよ。それと比べたら、もう、たとえばぼくなんか、悪いことだっていやらしいことだって卑怯なことだって、考え放題、思い浮かべ放題だとも言えます。なるべくこころ美しくして、悪いことを考えないように練習してきたようなこともあるけれど、じぶんの知っている実際の「いい人」の前に出たら恥ずかしいほど「非いい人」なんですよ。

ただね、そう思うときに、想像力で仕事をしている作家たちのことを思い出すんです。人の悪や、世の地獄を余るほど描いたシェイクスピアは、「いい人」じゃないということになりそうだけれど、それはそれで「いい人」かもしれないよなぁ、と。別にシェイクスピアが「いい人」でなくてもいいんだけど「いい人」かどうかというのは、こころの問題ではなく、なにをしたか、どんな態度でいたかじゃないかなぁ。というようなことを岩田さんと話したことがありました。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。やっぱり「どういう人でありたいか」が、いちばん大事か。

by reijiro_kaneko | 2019-08-11 14:30

撮らない勇気

写真を趣味にして良かったと思うことの一つに、「思うようにイイ写真が撮れないのは、自分のせいだ」と思えることです。

なんだ、そんなの当たり前じゃないか!と思われる方も多いと思いますが、そうなんです、ほんとに当たり前のことなんです。

確かにカメラの性能だったり被写体が良くなかったりするという原因もあるでしょうけれど、それはもっともっともっともっと後で出てくる不満であるべきで、ド素人の今はとにかく何も分かってない訳ですから、失敗するのは全部自分のせい。

それはね、案外カメラのことだけに限らないんですよ。

人とのコミュニケーションが上手く行かない時は大抵自分に非があると思って間違いない。相手に非があると決め付けて自分は頑固に貫いていたら拗れることの方が多いのです。

カメラで例えると興味のある被写体にカメラを向け距離を測り画角を決め色味を決めピントを合わせてシャッターを切るかどうか少し悩む。

それと同じ事を果たして人と接する時にやっているだろうか?と考えてみると、全ての段取りが上手く行くなんてことの方が珍しいのではないか?とさえ思ってしまう。

まず、その人に興味を持てるのか・そうでもないのか、好きか嫌いかのベクトルがハッキリとしているほど近寄ったり遠ざかったりすることが普通、どのようなシチュエーションでその人と相対するのか、どんな口調や論理で話そうと心算をするのか、いざ決戦をどのタイミングで始めるのか…

これを割と頻繁に且つ瞬時に判断して仕事に臨んでいる僕のような人間は余程シビアに線引きをし脳をフル回転しておかないと呆気なく心は疲弊し切ってそれこそ引き篭もりになってしまいます。

昔はよくそうなっていました。理由は簡単です。「その被写体には興味がないから撮らない」という選択肢があることを知らなかったからです。

または、「キッチリとピントを合わせたシャープな写真を撮る」のか、「わざとピンを甘くしてフンワリとした写真を撮る」のかの選択肢も持ち合わせていなかった、というのもあります。

困っている人がいたらとことん付き合って解決出来る策を一緒に練ったり、ただのファンでしかない人に対して誠心誠意ダンスが上達するためのお手伝いを勝って出てみたり、本当に上達したいが為に熱心に通ってくれている人に対してピンボケのアドバイスをしてしまったり。

全てトンチンカンで裏目に出てしまうことばかりしていたのです。

街角で出逢った素敵な被写体にカメラを向け、撮れた写真を見て「おっ!いいな!」と思えたらその時はきっと全ての段取りが上手く行って無心で臨めた時。「うーん、なんかビミョウなんだよなぁ…」と思ったらそれはきっとセッカチにシャッターを切ってしまったり変な欲が出て過剰な演出をしてしまった時。

もっともっと無心で「これだ!」という写真しか撮れないぐらい上達したいものだと願いつつも、やはり失敗するからこそチキショウ!絶対上手くなってやる!と奮い立つ訳なのでそれもまたよし、と思います。

これからは「撮らない」と決める勇気も持ちつつ、「どう撮るか?」の厳しい選択もしつつ、楽しく有意義なカメラ道を究めていきたいと思います。
a0052916_08225555.jpg


by reijiro_kaneko | 2019-08-10 08:20

高級コンデジデビュー

一眼レフを買ったは良いものの、完全オフ日が年内はほぼ消滅してしまいフル装備でロケハンに出掛けるという至福の喜びが当分お預けになってしまったので、写真や動画を頑張って撮って技術を磨く機会が激減しすっかり意気消沈しておりました。

平たく言うと、一眼レフは重いしかさばるし三脚やジンバルなどの他の機材も携行するとなると、通常業務の日に片手間に、なんてことは不可能、ということなのです。

「どうせ写真や映像を撮るなら良いカメラで撮りたい!」と考えて、春ぐらいから猛烈な勢いで下調べをして、価格と性能の折り合いがつくCanon Eos Kiss X9という一眼レフ機を購入し、画角や性能の異なる数本のレンズも買い揃え、これらで撮れる絵にはほぼ満足していたのです。

しかし、何せ一眼レフなものですからひょいと気軽に持ち出せない。加えてこの猛暑。機材でパンパンになったリュックのベルトがギチギチと肩に食い込み、背中に汗疹を大量にこしらえて、なんてことをしてたら流石に平常業務に支障をきたします。

なんか良いものないかなぁ…と当て所もなくYouTubeやSafariを徘徊すること1ヶ月。とあるカメラが不意に目に飛び込んできました。

Canon G7X Mark II
a0052916_16033596.jpg

このカメラは所謂「コンデジ」と呼ばれるタイプのカメラで、現在はスマホカメラの飛躍的な性能向上の煽りを受け、少々肩身の狭い境遇にある市場の製品。しかし、最近のコンデジ業界はわざと高価格帯の商品を打ち出し「一眼レフ並みの性能をスマホ並みのお手軽さで」を売りに一定数のニーズを潤すことに成功しているようです。

昔一時期使っていた一万円前後のコンデジにあまり良い印象が無く、正直「一旦一眼レフに手を出してしまったのに、今更コンデジに戻るなんて屈辱に耐えられるだろうか?」と激しく悩みましたが、色々調べるうちにデジタルカメラの心臓部であるセンサーサイズが重要な鍵を握っている事実を知り、コンデジの中には一眼レフと同じサイズのセンサーを搭載している機種があり、ぷらっと気楽に持ち出せてそこそこ綺麗な写真や動画を撮る目的であれば十分過ぎる性能を備えていることを学びました。

そうなるとまた話は変わってきます。先ほどのCanonのコンデジは手ぶれ補正もよく効いてCanon独特の色味もしっかり再現され、何よりもコンパクトで軽量。実際店頭で手に取ってみて何枚か写真を撮ってみましたが何かシックリ来ない。なんだかなぁ…と思いながらチラッと横を見るとそこに奴は鎮座していました。

まさに運命の出会いでした。

ファインダー越しの絵も液晶パネル越しの絵もこれこそまさに脳の中を銃弾が突き抜けるような衝撃的な感動。Fujifilmってなんだかダサいよね、と食わず嫌いしていたことを猛烈に反省。言われてみればフィルムカメラ時代は皆さん相当お世話になった筈だし、フィルムメーカーが作るカメラなんて良いに決まってる筈なのに、きっと「富士フィルム」というレトロな名前がこのただれきった大脳皮質に「ダッセェからやめたほうがいい」と暗示をかけていたのでしょう。そんな呪縛を断ち切ってすっかりこのカメラに魅せられ、それからというもの寝ても覚めてもあらん限りのリサーチをし呪文のように「X100F」と唱え続け、昨日のパーソナル中もずっと「これが終わったらカメラ買いに行く!」と呟いて頑張っていたらトレーナーの失笑を買いました。

新宿の中古カメラ販売店にいそいそと向かい、親切な店員さんと相談して比較的状態の良いものを選んで頂き、晴れてこの子を我が家に迎えることと相成りました。
a0052916_16032391.jpg

あまりにも可愛くて寝るときも枕元に置いていたほど。そして、今日の長距離移動dayには勿論お供。普段見慣れた景色がファインダー越しだと全く違う表情を見せてくれることに新鮮な驚きの連発。シャッター音が異様に小さいのでアングルに依っては盗撮疑惑を掛けられても仕方がない撮り方をしてみたり。

撮った写真はどこかで見たようなオシャレ写真の完璧な真似ですし、画角も甘すぎたり攻めすぎたり、ピントも残念なものばかりですが、それでもこれだけの力を感じられるは写真が撮れることは本当に素晴らしい。

富士フィルムさん、今まで邪険にしていてごめんなさい。これからは大好きになります。
a0052916_16035798.jpg

a0052916_16051541.jpg

a0052916_16040024.jpg

a0052916_16040275.jpg

a0052916_16040333.jpg


by reijiro_kaneko | 2019-08-09 16:02



ダンサー兼インストラクター『金子礼二郎』が気ままに呟いています。
カテゴリ
タグ
最新のコメント
うーん、怪我ですか。心配..
by Annie at 14:33
yukiさん ほん..
by reijiro_kaneko at 12:10
慣れです、慣れ。 がんば..
by yuki at 11:49
ハニョポンタさん ..
by reijiro_kaneko at 22:59
昨夜アバターを観てきまし..
by ハニョポンタ at 13:29
ふぁるさん 初めま..
by reijiro_kaneko at 12:41
初めましてです。 私も..
by ふぁる at 02:15
ひさえさん おー!..
by reijiro_kaneko at 23:54
H先生、以前カザミアで受..
by ひさえ at 15:03
美保子さん とても..
by reijiro_kaneko at 11:23
以前の記事
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
フォロー中のブログ
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧